インド車両電動化の今(1/3) = 政策編 =

日本のお家芸の1つである自動車業界にいま訪れているCASE(Connected, Autonomous, Shared, Electric)の嵐はインドにも吹き荒れている。インドは、最大手マルチ・スズキ社を筆頭に日・韓・印・独・中の四輪自動車OEMが鎬(しのぎ)を削る、世界有数の激戦市場である。本稿から3回に渡って、そんなインド自動車業界の電動化動向について紹介していく。第1回は電動化政策についてお伝えする。

 

 

電動化目標

日本でも既報の通り、インドの電動化目標案は、「2030年までに新車販売に占めるEV比率100%」から、より現実的な同30% に変更が為されてきた。関係者の主要な発言・提言は下記の通りであった。

 

  • 2016年3月~2017年3月、Piyush Goyal電力相が「2030年までに全ての新車販売をEVとすることを目指す」と度々発言
  • 2017年9月、Nitin Gadkari道路交通相も「2030年までに100% EV化することを検討している」と発言。
  • 2017年11月、政府系シンクタンクNITI Aayogと米国非営利シンクタンクRocky Mountain InstituteがEV普及促進に関するリポートを発表し、2030年までに新車販売に占めるEV比率100%を目指すためのロードマップを提言。
  • 2017年12月、自動車工業会SIAM(Society of Indian Automobile Manufacturers)が新車販売に占めるEV比率の業界目標として、「公共交通向け車両の100%・一般消費者向け車両の40%」を政府に提案。
  • 2018年2月、Nitin Gadkari道路交通相は「(2030年までに100% EV化するという目標を含んだ)EV政策は現在は不要であり、既に計画されたアクションプランに基づき、各省庁は実行を始めている」と発言し、「2030年までの100%EV化」案に対する政府の方針変更を暗に表明。
  • 2018年3月、Raj Kumar Singh電力相が新車販売に占めるEV比率の政府目標を「2030年までに30%」へと修正すべきと発言。

 

上記に見られる変化は、「始めに理想を語り徐々に現実路線に修正していく」というインド人の性向 という側面もあるが、インドにおけるEVの第一人者でNiti Aayogを始めとする政府機関に強い影響力を有するIITマドラスのDr. Ashok Jhunjhunwala教授の失脚にあるとも囁かれている。教授は早期EV化を積極推進する立場を取っていたが、地場OEMとの過度な癒着が目につき一部の関係者から不満を買っていたようである。とはいえ、当初より現地の業界関係者の間では、2030年までの新車販売台数のうち現実的な電動化比率は30%~40%であろうと言われていたため、行く末に不透明感こそあれ、目標の変更自体に大きな驚きはなかったように思う。

 

電動化政策

インドの電動化政策を語る上で欠かせない主要政策が、FAME(Faster Adoption and Manufacturing of Hybrid and EV)である。

 

FAME I(2015年4月~2019年3月)

  • 2010年以降、MNRE(Ministry of New and Renewable Energy Scheme)スキーム、NEMMP(The National Electric Mobility Mission Plan) 2020といった電動化政策を経て、2015年4月にNEMMP 2020の具体施策の一部として2年間の期間限定でFAMEスキームが開始された。
  • 2015年当初、2・3・4輪の電動車両購入者への補助金5億ルピーを始め、R&D助成金19億ルピーや実証実験・充電ステーション整備への補助金 10億ルピー、など2年総額79.5億ルピーを政府予算として承認。インドの車両電動化へ向けた具体的な施策を明示化、推進することとなった。
  • 購入者への補助金は、所謂マイルドHVからBEVまでの電動車全般を幅広く対象とし、かつリチウムイオン電池だけでなく鉛蓄電池を使用した電動車両も補助金給付対象とした。更に、現地調達率や車両耐用年数保証などの制限も設けず、電動車両の急速な普及を狙っていた。
  • しかしながら、Value for Moneyにシビアなインド消費者の受容の遅れや、充電インフラ整備の遅れにより、電動車両購入者数は想定を大きく下回る水準となった。公営充電ステーションは500ヵ所が承認されたが、実際の設置数は230ヵ所程度に留まった。
  • FAME Iは当初の終了予定であった2017年3月から度重なる延長を経て、2019年3月に終了。補助金を利用して購入された電動車両は9万台・給付総額34.4億ルピーに上るが、その大半がマイルドHVであり、化石燃料使用量・CO2排出量の削減効果は限定的であったと総括されている。なお、最終的な補助金利用実績は52.9億ルピーに留まった。

 

FAME II(2019年4月~2022年3月)

  • FAME Iを引き継ぐ形で、2019年4月から2022年3月までの3年間の予定でFAME IIスキームが実施されている。FAME IIではFAME Iの予算総額の約10倍となる、総額1,000億ルピーの予算が承認された。予算の86%は引き続き購入者への補助金へ充てるものの、FAME IIではより「電動モビリティのエコシステム形成」に焦点を当て電動車の普及を目指すことになっている。

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    FAME II ダッシュボード - National Automotive Board, DHI
  • FAME Iの経験から、政府は一般消費者向け4輪乗用車の電動化には時間がかかると判断し、 まず公共交通(3輪、タクシー、バス)及び2輪に注力し、電動化を推進する方針へ移行。
  • 数値目標としては、電動バス7,000台、電動3輪50万台、電動4輪5万台、電動2輪100万台、の新規販売を掲げている。
  • 政府系シンクタンクNiti Aayogと米国非営利シンクタンクRocky Mountain Instituteは、FAME IIならびにその他の電動化施策が成功した暁には、「2030年までにインドの車両販売台数に占める電動車比率は、一般消費者向け4輪乗用車30%、4輪タクシー70%、バス40%、2輪・3輪車80%、に達する」と予測している。

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EV Sales Penetration - India's Electric Mobility Transformation, Niti Aayog & RMI
  • ただし、購入補助金の給付条件は厳格化され、ストロングHVからBEVまでの電動車両、かつリチウムイオン電池搭載車のみ、となっている。また、現地生産や3年間の車両保証付帯などの条件も規定されている。上述の条件下で給付される補助金は、バッテリー容量1KWh当たり1万ルピーである。

 

こうした中、一部の2輪・3輪車OEMからFAME IIの厳しい給付条件に対して反発の声も上がっており、補助金対象外となるスペックの電動車をより安くつくり拡販する方向に戦略の舵を切る動きも出始めている。

 

税制優遇

物品・サービス税 (GST: Goods and Services Tax)

  • 2017年7月にGSTの改訂が行われ、Electric Vehicleは税率12%と優遇が与えられた一方、Hybridは43%と車格によっては従来より税率が引き上げられる結果となった。
  • その後、日系OEMや自動車工業会SIAMの働きかけによりHybridのGSTを引き下げる検討も為されてはいるものの、現時点では変更には至っていない。一方、Electric Vehicleは2019年8月より5%へと更に税率が引き下げられた。
  • 政府関係者の話では、重工業省(MoHI)や道路交通省(MoRTH)はHybridのGST引き下げに寛容となっているが、所轄官庁である財務省(MoF)の許可が出ないという状況であるようだ。また、EVで先行する地場OEMも中国同様のHVを経由しない一足飛びのEV化を主張する立場にあるため、綱引きの状況が続いている。

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GST Rate

*2019年8月に12%から5%へ引き下げ

 

環境規制

排ガス規制BS 6と燃費規制CAFÉにより、車両電動化に対する供給側(車両OEM)の動きは日に日に活発化している。

 

排ガス規制BS 6 (Bharat Stage 6)

  • 排ガス規制に関しては2020年4月よりBS 6 (Euro 6相当)を導入予定。2017年4月のBS 4 (Euro 4相当)インド全土適用から3年後に、Euro 5相当の規制を飛び越しEuro 6相当の排ガス規制導入を決定したこと*は、深刻な大気汚染に対して政府として対策を強化するという意思の表れである。(*当初は、2019 年にBS 5 (Euro 5相当)を導入し、その後、2021 年に BS6へと移行予定であった)
  • BS 6導入により、NOx(窒素酸化物)やPM(粒子状物質)の大幅削減、OBD-I装着義務付け、車両試験プロセスの厳格化、などが求められるようになった。
  • ここで重要な点は、ディーゼルエンジンのBS 6適合は、追加部品やキャリブレーションにより約10万ルピーのコストアップ要因となるため、OEM各社はディーゼル車の将来ラインナップ計画の見直しを行わざるを得なかった、ということである。ディーゼル車はガソリン車より燃費に優れ燃料代も安くなるとはいえ、現状でさえ車両原価は約10万ルピー高い。加えてBS 6対応で更に車両原価が高くなるのであれば、Value for Moneyを重視するインドではディーゼル車は選択されにくくなるというのがOEMのロジックである。
  • 結果として、一部のOEMディーゼル車廃止を決め、ガソリン車・電動車・代替燃料車(CNGバイオ燃料)によって今後の商品ラインナップを形成することを決めた。

 

燃費規制CAFÉ (Corporate Average Fuel Economy)

  • インド国内における販売目的で車両を製造もしくは輸入する企業に対して、2017年4月以降、段階的に引き下げられる企業平均燃費基準(CAFC: Corporate Avg. Fuel Consumption)を達成することを義務付けた。これによって2017年にCO2排出量130g/km、2022年に同113g/kmを達成することを政策目標として掲げている。
  • 車両OEM各社が達成すべき平均燃費基準は保有する商品の車格によって異なるが、2022年のCO2排出量113g/km水準の達成に向け、燃費の良いパワトレの商品(電動車・代替燃料車など)を拡販していく必要があり、供給側の電動化ブームを引き起こしている。

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    CAFC Standard - The International Council on Clean Transport (ICCT) Report

 

その他省庁による関連施策

電力省 (MoP)の充電ステーションに関するガイドライン

  • 2018年12月、電力省は充電ステーションに関するガイドラインを公表し、都市内4,200ヵ所及び州・国道沿い120ヵ所に充電ステーションを設置することを表明。都市内では3km四方に最低1ヵ所、州・国道沿いでは25km毎に最低1ヵ所、の充電ステーションを設けることとした。また、法人・個人ともに特別なライセンスを取得することなく、充電ステーションを設置することが可能とした。
  • ガイドラインでは、2019年~2021年をフェーズ1とし、主に人口4百万人以上の大都市(ムンバイ・デリー・バンガロール・ハイデラバード・アーメダバード・チェンナイ・コルカタ・スーラト・プネ)、並びにそれらの大都市と接続する高速道路や主要な州・国道におけるステーション展開に注力することを表明。その後、2021年~2023年をフェーズ2とし、各州の州都や連邦直轄地、それらの都市と接続する主要な州・国道におけるステーション展開を行うとした。
  • 加えて、2019年10月には、都市間輸送を行う電動バス・トラック等のために、州・国道上の道路両側100km毎に急速充電ステーションを設置する旨を追記した。

 

電動車両の普及と充電ステーションの整備は電動化を推進する上でどちらも欠かすことのできない要素であるが、政府はFAME Iの経験を活かし充電ステーション整備にも力を注ぎ始めている。水面下でも、政府資本の入っている燃料油・ガスの小売各社に対して給油ステーションにおける充電器設置を強く指示しているようである。

 

以上がインド電動化政策に関する主な概要である。ユーザー側の需要喚起に関する政策は必ずしも十分かつ効果的とは言えないが、排ガス規制と燃費規制によって供給側(車両OEM)にのしかかる電動車両導入の圧力は大変大きいと言える。

次稿では事業者(法人ユーザー・車両OEM・インフラ)の動向についてお伝えする。

 

ご参考:

FAME II : https://fame2.heavyindustry.gov.in/