インドにおける5G導入

2019年12月末、インドの電気・通信・情報技術関連省庁を統括するRavi Shankar Prasad大臣は「5Gトライアルには全てのプレイヤーが参加可能」との見解を表明し、実質的に、米中ハイテク摩擦に揺れる中国通信機器大手・華為技術(以下、Huawei)と中興通訊(以下、ZTE)の「5Gトライアル」への参画を認めた。

本稿では2020年に世界各地で本格始動が期待される「5G」に関する、インドの現状をお伝えする。

 

 

モバイル通信の現状

契約者数・普及率

インド通信省電気通信局(以下、DoT)が公表するTelecom Statistics India – 2018*1によると、モバイル回線契約数は11.88億件を記録している。単純計算では総人口(約13.7億人)に対して90%近くの普及率を達成していると思われるが、都市部では1個人が複数回線を契約しているケースも多い。そのため総人口に対する正確な普及率は定かではないが、事情に詳しい専門家によると55%程度(約7.5億人)であるようだ。

また、モバイルインターネット契約数は4.7億件であり、総人口の約4割が住む都市部における普及率は85%程度であるが、農村部では16%程度となっている。

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Number of Landline & Mobile Subscribers, Telecom Statistics India – 2018

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Internet Subscribers – Wired & Wireless (in Millions), Telecom Statistics India – 2018

 

通信規格

Ericssonが2019年11月に公表したレポート*2によれば、2019年時点でインドのモバイル回線契約数の48%はLTE(4G)を利用している。北米91%・北東アジア88%と比較すると、インドは4Gの実装が遅れていることが見て取れる。また、興味深いことにインドでは約40%がGSM(2G)となっている。これは農村部ではまだまだ2Gが利用されていることを表している。

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Mobile Subscriptions by Region and Technology (%), Ericsson Mobility Report (Nov 2019)

 なお、モディ首相肝入りの「Digital India政策」では、インド全土(とりわけ農村部)に高速インターネット通信網を展開することを目指しており、インド政府は今後も4G通信網敷設に優先して取り組むことが既定路線である。

 

通信品質

筆者は多くの外資系企業が拠点を構えるインド屈指の近代都市である、デリー首都圏のグルガオンを拠点としている。体感値ではあるが、そのグルガオンの繁華街でさえ、4Gの通信速度は東京と比べ遥かに劣る(Bharti Airtel利用)。ひとたび繁華街を外れると3G回線に切り替わることも多い。おそらく無線通信トラフィック量に対して4G基地局数が少ないのではないかと推察する。デリー首都圏以外の1級都市(ムンバイ・バンガロール・チェンナイ・ハイデラバード・アーメダバード・コルカタ)でも同様であるので、地方都市ひいては農村部は況やである。

 

通信会社

マーケット・シェア

Telecom Regulatory Authority of India(以下、TRAI)の最新レポート*3によると、無線通信においては、民間の大手通信会社3社(Vodafone Idea / Reliance Jio / Bharti Airtel)がそれぞれ約3割のマーケット・シェアを握っている。

民間 – 89.8%(Vodafone Idea 31.49% / Reliance Jio 30.79% / Bharti Airtel 27.52%)

政府系– 10.2%(BSNL 9.92% / MTNL 0.29%) 

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Access Service Provider-wise Market Shares in term of Wireless Subscribers as on 31st October 2019, TRAI

なお、加入者純増数はReliance Jioの一人勝ちの様相を帯びており、毎月+600万件超の純加入が記録されている。2016年に新規参入したReliance Jioがわずか数年でシェア3割まで伸長した理由は「低価格」にある。クラウド型無線アクセスネットワーク(クラウドRAN)と呼ばれる通信方式を採用し、従来型の基地局に比べ設備を簡素化・システム全体のコストを抑えている。同方式は楽天の通信網構築に際しても採用されているようだ。

 

周波数帯

現在モバイル通信用途で利用されている周波数帯は下記の通りである。

  • GSM (2G) : 900MHz / 1800MHz
  • CDMA (2G/3G) : 850MHz
  • WCDMA (3G) : 900MHz / 2100MHz
  • LTE (4G) : 850MHz / 1800MHz / 2300MHz / 2500MHz

通信会社別/連邦直轄地・州別の割当は下記が詳しいのでご参照頂きたい。

https://telecomtalk.info/india-spectrum-map/

https://telecomtalk.info/india-spectrum-data-sheet/134245/

 

5Gの現在地と課題

現在地

2017年当時、インド政府はグローバルにおける先行国同様、2020年のサービス開始を想定していた。モディ首相は2020年の5G商用化への期待を表明し、DoT は「5G India 2020」と銘打って関連施策を打ち出した。Ericssonも当初は2020年商用化サービス開始を想定していたが、最新レポート*2では商用化開始は2022年になるであろうと言及している。これは、後述する帯域取得コストやトライアルに関する課題が影響を及ぼしている。ただし、政府内外でも現実派の中では、「Digital India政策」で目指している高速インターネット(主に4G)通信網敷設を優先し、5Gは中国通信機器メーカー製器材の価格が下がる2022年以降の実装を目指すべきとの意見も多かったため、決して当初の目論見が外れたわけではない。(インドは目標を大きく掲げ、修正を施しながら最終的に現実的な落としどころに落ち着けていくというやり方が常套手段である)

導入シナリオとしては、日本と同様、4Gネットワークを利用しMIMOアンテナを設置するノンスタンドアローンNSA)から始める。設備投資負担が大きすぎるため、いきなりスタンドアローン(SA)は導入できない。

5G周波数オークションは2020年4月末に実施されると見込まれている。先行国(韓国・2018年6月/米国・2018年11月)に対して1~2年遅れである。

 

政策

DoTは2017年9月に産官学より有識者を集めた「5G India 2020に関する High Level Forum」を組織し、5G実装へ向けた本格的な議論を行ってきた。

また、政府は2018年3月より3か年プログラム「Building an End-to-End 5G Test Bed」(予算22.4億ルピー =35.8億円)を開始。インド工科大学(IITs)を始めとする学術機関とTech企業の協業により3GPP基準に準拠した5GのPoC(Proof-of-Concept)を推進することを目的とした。

2018年8月にはForumの提言レポート - Making India 5G Reality*4を公表し、5G実装における周波数帯・法規制・ユースケース開発・技術トライアル等に関する提言事項が盛り込まれた。

 

民間パートナーシップ

Vodafone IdeaはEricsson・Huawei、 Reliance JioはSamsung、Bharti AirtelはNokiaHuawei・Ericssonをそれぞれ5G通信機器パートナーとしている。

 

課題1(帯域取得コスト高)

TRAIは5Gの周波数オークションにおける最低入札コストとして「3.3~3.6GHz帯で984億ルピー=約1,570億円 (49.2億ルピー per MHz x 20 MHz)」を通信会社に設定。実用に際しては100MHz必要なので、実質5,000億ルピー=約8,000億円が必要となっている。通信会社からは、「グローバル・スタンダードに比べ高すぎる」とクレームの嵐が巻き起こっており、オークション並びに実装が更に遅れる要因となっている。

前回2016年の周波数オークションでは4G向け周波数帯の価格が高すぎたため一部売れ残ったが、2020年4月末に予定されている次回オークション(4G + 5G向け)でも同じ轍を踏むことが想定されている。こうした状況下においてもDoTは価格を下げることはしないと言及している。

 

課題2(割当帯域不足)

DoTは周波数帯の5Gモバイル通信向け割当に関して、700MHz帯(Sub-1GHz帯)で35MHz/3.3~3.6GHz帯(Sub-6GHz帯)で300MHzを割当可能と特定した。その後、Indian RailwaysやIndian Space Research Organisation(以下、ISRO)等が一部優先割当を主張したため、モバイル通信への割当はそれぞれ25MHz/175MHzのみとなっている。Cellular Operators Association of India(以下、COAI)によれば、通信会社1社あたりSub-1GHz帯では10MHz/3.3~3.6GHz帯では100MHz確保する必要があるので、大手3社(Vodafone Idea / Reliance Jio / Bharti Airtel)がそれぞれ必要帯域を確保するためには、割当帯域が不足しているとのことである。 

更に、高周波数帯である24GHz超の帯域利用にも2つの課題が挙げられている。1つは、「ISROがサテライト・サービス用途で利用している帯域に影響を与えないという条件」である。この条件を満たすために、DoTはモバイル通信向け利用において許容できる放射電力を低く設定しており、通信会社からは現実的に満たすことは不可能との見解が出ている。2つ目の課題は、「割当可能な帯域が1.25~1.5GHzのみ」とう点である。通信会社1社あたり確保すべき帯域は 800MHz~1GHzであるため、こちらも大手3社への割当には帯域が不足しているとのことである。

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Global snapshot of 5G spectrum, Qualcomm Global update on 5G spectrum (Nov 2019)

 

課題3(トライアル期間の短さ/トライアル開始の遅延)

DoTはトライアル用途での帯域の利用は3ヵ月のみと制限しており、通信会社はサービス開発等のため、最低1年間利用できるよう延長することを求めている。

当初、5Gトライアルは2019年1月開始を予定していたが、上述の帯域取得コスト高やトライアル期間が短すぎることに対する通信会社からのクレームによって遅延している。既に先行国では5Gトライアル・サービス開発が開始され、様々な取り組みが行われているため、一部の通信機器会社からは今更インドでトライアルを行う必要性についてすら異議を唱えられている。インド政府は「インド・コンテクストでの5Gトライアル・サービス開発の必要性」を主張しており、5Gトライアルは必須であるとの姿勢を崩していない。

 

サービス開発

各社のインドにおける取り組み事例(一部のみ紹介)は下記の通りである。

  • Ericsson:2018年7月にIITデリーで公共5Gアクセスの技術トライアル/Qualcommと共にインドでの28GHz帯を利用した5Gライブ・ビデオ電話に成功
  • Nokiaバンガロールにてスタートアップと共にローカルユースケース開発/Wiproと共に「ドローンを利用した配電線モニタリング」や「大規模イベントにおける没入型エンタメ」のテストを実施済
  • Samsung:Reliance Jioと共にIndia Mobile Congress 2019にて5G (NSA)の事例紹介/ 2020年第1四半期にデリーでトライアルを開始予定 
  • Huawei:IIT等の学術機関とのパートナーシップを検討中

 

以上のように、インドにおける5G実装は先行国に対して1~2年遅れており、2022年頃に商用化開始となる見込みである。更に、実装後も5Gの本格普及には時間がかかることが想定され、Ericssonレポート(*2)では2025年に普及率 11%と見込まれている(まずは、4G実装が先行)。 一方、サービス開発に関してもようやく2019年頃より活発化し始めてきたが、先行国に後れを取っていることは否めなく、当初は他国事例を横展開しつつ、インド・コンテクストに合わせた適合(とりわけ、脆弱で特異なインフラ環境への適合)を行っていくものと思料する。