インド車両電動化の今(1/3) = 政策編 =

日本のお家芸の1つである自動車業界にいま訪れているCASE(Connected, Autonomous, Shared, Electric)の嵐はインドにも吹き荒れている。インドは、最大手マルチ・スズキ社を筆頭に日・韓・印・独・中の四輪自動車OEMが鎬(しのぎ)を削る、世界有数の激戦市場である。本稿から3回に渡って、そんなインド自動車業界の電動化動向について紹介していく。第1回は電動化政策についてお伝えする。

 

 

電動化目標

日本でも既報の通り、インドの電動化目標案は、「2030年までに新車販売に占めるEV比率100%」から、より現実的な同30% に変更が為されてきた。関係者の主要な発言・提言は下記の通りであった。

 

  • 2016年3月~2017年3月、Piyush Goyal電力相が「2030年までに全ての新車販売をEVとすることを目指す」と度々発言
  • 2017年9月、Nitin Gadkari道路交通相も「2030年までに100% EV化することを検討している」と発言。
  • 2017年11月、政府系シンクタンクNITI Aayogと米国非営利シンクタンクRocky Mountain InstituteがEV普及促進に関するリポートを発表し、2030年までに新車販売に占めるEV比率100%を目指すためのロードマップを提言。
  • 2017年12月、自動車工業会SIAM(Society of Indian Automobile Manufacturers)が新車販売に占めるEV比率の業界目標として、「公共交通向け車両の100%・一般消費者向け車両の40%」を政府に提案。
  • 2018年2月、Nitin Gadkari道路交通相は「(2030年までに100% EV化するという目標を含んだ)EV政策は現在は不要であり、既に計画されたアクションプランに基づき、各省庁は実行を始めている」と発言し、「2030年までの100%EV化」案に対する政府の方針変更を暗に表明。
  • 2018年3月、Raj Kumar Singh電力相が新車販売に占めるEV比率の政府目標を「2030年までに30%」へと修正すべきと発言。

 

上記に見られる変化は、「始めに理想を語り徐々に現実路線に修正していく」というインド人の性向 という側面もあるが、インドにおけるEVの第一人者でNiti Aayogを始めとする政府機関に強い影響力を有するIITマドラスのDr. Ashok Jhunjhunwala教授の失脚にあるとも囁かれている。教授は早期EV化を積極推進する立場を取っていたが、地場OEMとの過度な癒着が目につき一部の関係者から不満を買っていたようである。とはいえ、当初より現地の業界関係者の間では、2030年までの新車販売台数のうち現実的な電動化比率は30%~40%であろうと言われていたため、行く末に不透明感こそあれ、目標の変更自体に大きな驚きはなかったように思う。

 

電動化政策

インドの電動化政策を語る上で欠かせない主要政策が、FAME(Faster Adoption and Manufacturing of Hybrid and EV)である。

 

FAME I(2015年4月~2019年3月)

  • 2010年以降、MNRE(Ministry of New and Renewable Energy Scheme)スキーム、NEMMP(The National Electric Mobility Mission Plan) 2020といった電動化政策を経て、2015年4月にNEMMP 2020の具体施策の一部として2年間の期間限定でFAMEスキームが開始された。
  • 2015年当初、2・3・4輪の電動車両購入者への補助金5億ルピーを始め、R&D助成金19億ルピーや実証実験・充電ステーション整備への補助金 10億ルピー、など2年総額79.5億ルピーを政府予算として承認。インドの車両電動化へ向けた具体的な施策を明示化、推進することとなった。
  • 購入者への補助金は、所謂マイルドHVからBEVまでの電動車全般を幅広く対象とし、かつリチウムイオン電池だけでなく鉛蓄電池を使用した電動車両も補助金給付対象とした。更に、現地調達率や車両耐用年数保証などの制限も設けず、電動車両の急速な普及を狙っていた。
  • しかしながら、Value for Moneyにシビアなインド消費者の受容の遅れや、充電インフラ整備の遅れにより、電動車両購入者数は想定を大きく下回る水準となった。公営充電ステーションは500ヵ所が承認されたが、実際の設置数は230ヵ所程度に留まった。
  • FAME Iは当初の終了予定であった2017年3月から度重なる延長を経て、2019年3月に終了。補助金を利用して購入された電動車両は9万台・給付総額34.4億ルピーに上るが、その大半がマイルドHVであり、化石燃料使用量・CO2排出量の削減効果は限定的であったと総括されている。なお、最終的な補助金利用実績は52.9億ルピーに留まった。

 

FAME II(2019年4月~2022年3月)

  • FAME Iを引き継ぐ形で、2019年4月から2022年3月までの3年間の予定でFAME IIスキームが実施されている。FAME IIではFAME Iの予算総額の約10倍となる、総額1,000億ルピーの予算が承認された。予算の86%は引き続き購入者への補助金へ充てるものの、FAME IIではより「電動モビリティのエコシステム形成」に焦点を当て電動車の普及を目指すことになっている。

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    FAME II ダッシュボード - National Automotive Board, DHI
  • FAME Iの経験から、政府は一般消費者向け4輪乗用車の電動化には時間がかかると判断し、 まず公共交通(3輪、タクシー、バス)及び2輪に注力し、電動化を推進する方針へ移行。
  • 数値目標としては、電動バス7,000台、電動3輪50万台、電動4輪5万台、電動2輪100万台、の新規販売を掲げている。
  • 政府系シンクタンクNiti Aayogと米国非営利シンクタンクRocky Mountain Instituteは、FAME IIならびにその他の電動化施策が成功した暁には、「2030年までにインドの車両販売台数に占める電動車比率は、一般消費者向け4輪乗用車30%、4輪タクシー70%、バス40%、2輪・3輪車80%、に達する」と予測している。

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EV Sales Penetration - India's Electric Mobility Transformation, Niti Aayog & RMI
  • ただし、購入補助金の給付条件は厳格化され、ストロングHVからBEVまでの電動車両、かつリチウムイオン電池搭載車のみ、となっている。また、現地生産や3年間の車両保証付帯などの条件も規定されている。上述の条件下で給付される補助金は、バッテリー容量1KWh当たり1万ルピーである。

 

こうした中、一部の2輪・3輪車OEMからFAME IIの厳しい給付条件に対して反発の声も上がっており、補助金対象外となるスペックの電動車をより安くつくり拡販する方向に戦略の舵を切る動きも出始めている。

 

税制優遇

物品・サービス税 (GST: Goods and Services Tax)

  • 2017年7月にGSTの改訂が行われ、Electric Vehicleは税率12%と優遇が与えられた一方、Hybridは43%と車格によっては従来より税率が引き上げられる結果となった。
  • その後、日系OEMや自動車工業会SIAMの働きかけによりHybridのGSTを引き下げる検討も為されてはいるものの、現時点では変更には至っていない。一方、Electric Vehicleは2019年8月より5%へと更に税率が引き下げられた。
  • 政府関係者の話では、重工業省(MoHI)や道路交通省(MoRTH)はHybridのGST引き下げに寛容となっているが、所轄官庁である財務省(MoF)の許可が出ないという状況であるようだ。また、EVで先行する地場OEMも中国同様のHVを経由しない一足飛びのEV化を主張する立場にあるため、綱引きの状況が続いている。

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GST Rate

*2019年8月に12%から5%へ引き下げ

 

環境規制

排ガス規制BS 6と燃費規制CAFÉにより、車両電動化に対する供給側(車両OEM)の動きは日に日に活発化している。

 

排ガス規制BS 6 (Bharat Stage 6)

  • 排ガス規制に関しては2020年4月よりBS 6 (Euro 6相当)を導入予定。2017年4月のBS 4 (Euro 4相当)インド全土適用から3年後に、Euro 5相当の規制を飛び越しEuro 6相当の排ガス規制導入を決定したこと*は、深刻な大気汚染に対して政府として対策を強化するという意思の表れである。(*当初は、2019 年にBS 5 (Euro 5相当)を導入し、その後、2021 年に BS6へと移行予定であった)
  • BS 6導入により、NOx(窒素酸化物)やPM(粒子状物質)の大幅削減、OBD-I装着義務付け、車両試験プロセスの厳格化、などが求められるようになった。
  • ここで重要な点は、ディーゼルエンジンのBS 6適合は、追加部品やキャリブレーションにより約10万ルピーのコストアップ要因となるため、OEM各社はディーゼル車の将来ラインナップ計画の見直しを行わざるを得なかった、ということである。ディーゼル車はガソリン車より燃費に優れ燃料代も安くなるとはいえ、現状でさえ車両原価は約10万ルピー高い。加えてBS 6対応で更に車両原価が高くなるのであれば、Value for Moneyを重視するインドではディーゼル車は選択されにくくなるというのがOEMのロジックである。
  • 結果として、一部のOEMディーゼル車廃止を決め、ガソリン車・電動車・代替燃料車(CNGバイオ燃料)によって今後の商品ラインナップを形成することを決めた。

 

燃費規制CAFÉ (Corporate Average Fuel Economy)

  • インド国内における販売目的で車両を製造もしくは輸入する企業に対して、2017年4月以降、段階的に引き下げられる企業平均燃費基準(CAFC: Corporate Avg. Fuel Consumption)を達成することを義務付けた。これによって2017年にCO2排出量130g/km、2022年に同113g/kmを達成することを政策目標として掲げている。
  • 車両OEM各社が達成すべき平均燃費基準は保有する商品の車格によって異なるが、2022年のCO2排出量113g/km水準の達成に向け、燃費の良いパワトレの商品(電動車・代替燃料車など)を拡販していく必要があり、供給側の電動化ブームを引き起こしている。

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    CAFC Standard - The International Council on Clean Transport (ICCT) Report

 

その他省庁による関連施策

電力省 (MoP)の充電ステーションに関するガイドライン

  • 2018年12月、電力省は充電ステーションに関するガイドラインを公表し、都市内4,200ヵ所及び州・国道沿い120ヵ所に充電ステーションを設置することを表明。都市内では3km四方に最低1ヵ所、州・国道沿いでは25km毎に最低1ヵ所、の充電ステーションを設けることとした。また、法人・個人ともに特別なライセンスを取得することなく、充電ステーションを設置することが可能とした。
  • ガイドラインでは、2019年~2021年をフェーズ1とし、主に人口4百万人以上の大都市(ムンバイ・デリー・バンガロール・ハイデラバード・アーメダバード・チェンナイ・コルカタ・スーラト・プネ)、並びにそれらの大都市と接続する高速道路や主要な州・国道におけるステーション展開に注力することを表明。その後、2021年~2023年をフェーズ2とし、各州の州都や連邦直轄地、それらの都市と接続する主要な州・国道におけるステーション展開を行うとした。
  • 加えて、2019年10月には、都市間輸送を行う電動バス・トラック等のために、州・国道上の道路両側100km毎に急速充電ステーションを設置する旨を追記した。

 

電動車両の普及と充電ステーションの整備は電動化を推進する上でどちらも欠かすことのできない要素であるが、政府はFAME Iの経験を活かし充電ステーション整備にも力を注ぎ始めている。水面下でも、政府資本の入っている燃料油・ガスの小売各社に対して給油ステーションにおける充電器設置を強く指示しているようである。

 

以上がインド電動化政策に関する主な概要である。ユーザー側の需要喚起に関する政策は必ずしも十分かつ効果的とは言えないが、排ガス規制と燃費規制によって供給側(車両OEM)にのしかかる電動車両導入の圧力は大変大きいと言える。

次稿では事業者(法人ユーザー・車両OEM・インフラ)の動向についてお伝えする。

 

ご参考:

FAME II : https://fame2.heavyindustry.gov.in/

インドにおける5G導入

2019年12月末、インドの電気・通信・情報技術関連省庁を統括するRavi Shankar Prasad大臣は「5Gトライアルには全てのプレイヤーが参加可能」との見解を表明し、実質的に、米中ハイテク摩擦に揺れる中国通信機器大手・華為技術(以下、Huawei)と中興通訊(以下、ZTE)の「5Gトライアル」への参画を認めた。

本稿では2020年に世界各地で本格始動が期待される「5G」に関する、インドの現状をお伝えする。

 

 

モバイル通信の現状

契約者数・普及率

インド通信省電気通信局(以下、DoT)が公表するTelecom Statistics India – 2018*1によると、モバイル回線契約数は11.88億件を記録している。単純計算では総人口(約13.7億人)に対して90%近くの普及率を達成していると思われるが、都市部では1個人が複数回線を契約しているケースも多い。そのため総人口に対する正確な普及率は定かではないが、事情に詳しい専門家によると55%程度(約7.5億人)であるようだ。

また、モバイルインターネット契約数は4.7億件であり、総人口の約4割が住む都市部における普及率は85%程度であるが、農村部では16%程度となっている。

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Number of Landline & Mobile Subscribers, Telecom Statistics India – 2018

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Internet Subscribers – Wired & Wireless (in Millions), Telecom Statistics India – 2018

 

通信規格

Ericssonが2019年11月に公表したレポート*2によれば、2019年時点でインドのモバイル回線契約数の48%はLTE(4G)を利用している。北米91%・北東アジア88%と比較すると、インドは4Gの実装が遅れていることが見て取れる。また、興味深いことにインドでは約40%がGSM(2G)となっている。これは農村部ではまだまだ2Gが利用されていることを表している。

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Mobile Subscriptions by Region and Technology (%), Ericsson Mobility Report (Nov 2019)

 なお、モディ首相肝入りの「Digital India政策」では、インド全土(とりわけ農村部)に高速インターネット通信網を展開することを目指しており、インド政府は今後も4G通信網敷設に優先して取り組むことが既定路線である。

 

通信品質

筆者は多くの外資系企業が拠点を構えるインド屈指の近代都市である、デリー首都圏のグルガオンを拠点としている。体感値ではあるが、そのグルガオンの繁華街でさえ、4Gの通信速度は東京と比べ遥かに劣る(Bharti Airtel利用)。ひとたび繁華街を外れると3G回線に切り替わることも多い。おそらく無線通信トラフィック量に対して4G基地局数が少ないのではないかと推察する。デリー首都圏以外の1級都市(ムンバイ・バンガロール・チェンナイ・ハイデラバード・アーメダバード・コルカタ)でも同様であるので、地方都市ひいては農村部は況やである。

 

通信会社

マーケット・シェア

Telecom Regulatory Authority of India(以下、TRAI)の最新レポート*3によると、無線通信においては、民間の大手通信会社3社(Vodafone Idea / Reliance Jio / Bharti Airtel)がそれぞれ約3割のマーケット・シェアを握っている。

民間 – 89.8%(Vodafone Idea 31.49% / Reliance Jio 30.79% / Bharti Airtel 27.52%)

政府系– 10.2%(BSNL 9.92% / MTNL 0.29%) 

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Access Service Provider-wise Market Shares in term of Wireless Subscribers as on 31st October 2019, TRAI

なお、加入者純増数はReliance Jioの一人勝ちの様相を帯びており、毎月+600万件超の純加入が記録されている。2016年に新規参入したReliance Jioがわずか数年でシェア3割まで伸長した理由は「低価格」にある。クラウド型無線アクセスネットワーク(クラウドRAN)と呼ばれる通信方式を採用し、従来型の基地局に比べ設備を簡素化・システム全体のコストを抑えている。同方式は楽天の通信網構築に際しても採用されているようだ。

 

周波数帯

現在モバイル通信用途で利用されている周波数帯は下記の通りである。

  • GSM (2G) : 900MHz / 1800MHz
  • CDMA (2G/3G) : 850MHz
  • WCDMA (3G) : 900MHz / 2100MHz
  • LTE (4G) : 850MHz / 1800MHz / 2300MHz / 2500MHz

通信会社別/連邦直轄地・州別の割当は下記が詳しいのでご参照頂きたい。

https://telecomtalk.info/india-spectrum-map/

https://telecomtalk.info/india-spectrum-data-sheet/134245/

 

5Gの現在地と課題

現在地

2017年当時、インド政府はグローバルにおける先行国同様、2020年のサービス開始を想定していた。モディ首相は2020年の5G商用化への期待を表明し、DoT は「5G India 2020」と銘打って関連施策を打ち出した。Ericssonも当初は2020年商用化サービス開始を想定していたが、最新レポート*2では商用化開始は2022年になるであろうと言及している。これは、後述する帯域取得コストやトライアルに関する課題が影響を及ぼしている。ただし、政府内外でも現実派の中では、「Digital India政策」で目指している高速インターネット(主に4G)通信網敷設を優先し、5Gは中国通信機器メーカー製器材の価格が下がる2022年以降の実装を目指すべきとの意見も多かったため、決して当初の目論見が外れたわけではない。(インドは目標を大きく掲げ、修正を施しながら最終的に現実的な落としどころに落ち着けていくというやり方が常套手段である)

導入シナリオとしては、日本と同様、4Gネットワークを利用しMIMOアンテナを設置するノンスタンドアローンNSA)から始める。設備投資負担が大きすぎるため、いきなりスタンドアローン(SA)は導入できない。

5G周波数オークションは2020年4月末に実施されると見込まれている。先行国(韓国・2018年6月/米国・2018年11月)に対して1~2年遅れである。

 

政策

DoTは2017年9月に産官学より有識者を集めた「5G India 2020に関する High Level Forum」を組織し、5G実装へ向けた本格的な議論を行ってきた。

また、政府は2018年3月より3か年プログラム「Building an End-to-End 5G Test Bed」(予算22.4億ルピー =35.8億円)を開始。インド工科大学(IITs)を始めとする学術機関とTech企業の協業により3GPP基準に準拠した5GのPoC(Proof-of-Concept)を推進することを目的とした。

2018年8月にはForumの提言レポート - Making India 5G Reality*4を公表し、5G実装における周波数帯・法規制・ユースケース開発・技術トライアル等に関する提言事項が盛り込まれた。

 

民間パートナーシップ

Vodafone IdeaはEricsson・Huawei、 Reliance JioはSamsung、Bharti AirtelはNokiaHuawei・Ericssonをそれぞれ5G通信機器パートナーとしている。

 

課題1(帯域取得コスト高)

TRAIは5Gの周波数オークションにおける最低入札コストとして「3.3~3.6GHz帯で984億ルピー=約1,570億円 (49.2億ルピー per MHz x 20 MHz)」を通信会社に設定。実用に際しては100MHz必要なので、実質5,000億ルピー=約8,000億円が必要となっている。通信会社からは、「グローバル・スタンダードに比べ高すぎる」とクレームの嵐が巻き起こっており、オークション並びに実装が更に遅れる要因となっている。

前回2016年の周波数オークションでは4G向け周波数帯の価格が高すぎたため一部売れ残ったが、2020年4月末に予定されている次回オークション(4G + 5G向け)でも同じ轍を踏むことが想定されている。こうした状況下においてもDoTは価格を下げることはしないと言及している。

 

課題2(割当帯域不足)

DoTは周波数帯の5Gモバイル通信向け割当に関して、700MHz帯(Sub-1GHz帯)で35MHz/3.3~3.6GHz帯(Sub-6GHz帯)で300MHzを割当可能と特定した。その後、Indian RailwaysやIndian Space Research Organisation(以下、ISRO)等が一部優先割当を主張したため、モバイル通信への割当はそれぞれ25MHz/175MHzのみとなっている。Cellular Operators Association of India(以下、COAI)によれば、通信会社1社あたりSub-1GHz帯では10MHz/3.3~3.6GHz帯では100MHz確保する必要があるので、大手3社(Vodafone Idea / Reliance Jio / Bharti Airtel)がそれぞれ必要帯域を確保するためには、割当帯域が不足しているとのことである。 

更に、高周波数帯である24GHz超の帯域利用にも2つの課題が挙げられている。1つは、「ISROがサテライト・サービス用途で利用している帯域に影響を与えないという条件」である。この条件を満たすために、DoTはモバイル通信向け利用において許容できる放射電力を低く設定しており、通信会社からは現実的に満たすことは不可能との見解が出ている。2つ目の課題は、「割当可能な帯域が1.25~1.5GHzのみ」とう点である。通信会社1社あたり確保すべき帯域は 800MHz~1GHzであるため、こちらも大手3社への割当には帯域が不足しているとのことである。

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Global snapshot of 5G spectrum, Qualcomm Global update on 5G spectrum (Nov 2019)

 

課題3(トライアル期間の短さ/トライアル開始の遅延)

DoTはトライアル用途での帯域の利用は3ヵ月のみと制限しており、通信会社はサービス開発等のため、最低1年間利用できるよう延長することを求めている。

当初、5Gトライアルは2019年1月開始を予定していたが、上述の帯域取得コスト高やトライアル期間が短すぎることに対する通信会社からのクレームによって遅延している。既に先行国では5Gトライアル・サービス開発が開始され、様々な取り組みが行われているため、一部の通信機器会社からは今更インドでトライアルを行う必要性についてすら異議を唱えられている。インド政府は「インド・コンテクストでの5Gトライアル・サービス開発の必要性」を主張しており、5Gトライアルは必須であるとの姿勢を崩していない。

 

サービス開発

各社のインドにおける取り組み事例(一部のみ紹介)は下記の通りである。

  • Ericsson:2018年7月にIITデリーで公共5Gアクセスの技術トライアル/Qualcommと共にインドでの28GHz帯を利用した5Gライブ・ビデオ電話に成功
  • Nokiaバンガロールにてスタートアップと共にローカルユースケース開発/Wiproと共に「ドローンを利用した配電線モニタリング」や「大規模イベントにおける没入型エンタメ」のテストを実施済
  • Samsung:Reliance Jioと共にIndia Mobile Congress 2019にて5G (NSA)の事例紹介/ 2020年第1四半期にデリーでトライアルを開始予定 
  • Huawei:IIT等の学術機関とのパートナーシップを検討中

 

以上のように、インドにおける5G実装は先行国に対して1~2年遅れており、2022年頃に商用化開始となる見込みである。更に、実装後も5Gの本格普及には時間がかかることが想定され、Ericssonレポート(*2)では2025年に普及率 11%と見込まれている(まずは、4G実装が先行)。 一方、サービス開発に関してもようやく2019年頃より活発化し始めてきたが、先行国に後れを取っていることは否めなく、当初は他国事例を横展開しつつ、インド・コンテクストに合わせた適合(とりわけ、脆弱で特異なインフラ環境への適合)を行っていくものと思料する。

インド・アニメ市場の今

2019年9月下旬、とうとうインドにも日本アニメが上陸した。新海誠監督の「天気の子」である。インド人の若者を中心に5万5,000名超のオンライン署名が集まり、8月に新海監督自らTwitterでインドでの上映をアナウンスしたのである。

(オンライン署名:https://www.change.org/p/prasoon-joshi-weathering-with-you-tenki-no-ko-screening-in-india

本稿では、まだ日本では知られていない、インドのアニメ事情について簡単にお伝えする。

 

【子供向けアニメ】

もし読者が知人のインド人に「アニメを知っているか?」と聞いたら、彼らの多くはこう答えるであろう。

『もちろん、インドではChhota Bheemが一番有名だ。後はドラえもん、しんちゃん(クレヨンしんちゃん)だな。私の息子(娘/甥/姪)も観ているよ。』

 

そう、ドラえもんと(クレヨン)しんちゃんはインドの3大アニメコンテンツ*1である!!インドの大学最高峰の頭脳・IIT卒のインド人でも知っている。

更に、インドの人気コンテンツであるABCD (Astrology占星術/Bollywoodボリウッド/Cricketクリケット/Devotion信仰)に関連したアニメでは、Cricketを題材としたSuraj: The Rising Star(インド版巨人の星)は大して人気が出なかったようであるが、ヒンドゥー教聖典であるRamayana(ラーマヤナ)*2の日印合作アニメは広く知られている。

 

【Chhota Bheem】

www.youtube.com

 

【Ramayana Animated Movie】

www.youtube.com

 

また、ここまで主に子供向けアニメを紹介したが、インドでアニメといったら一般的には子供向けアニメを指す。大人向けアニメは若者中心に広がりつつあるが、現時点で市民権を得ているとまでは言えない。これが現実である。

 

【大人向けアニメ】

インドで大人向けの日本アニメを視聴する主な手段は3つある。「Netflix」「Amazon Prime」「違法サイト」である。Netflixのインド版では160超*3の日本アニメが視聴可能である。一例を挙げると、東京喰種 トーキョーグール、ナルト、ソード・アート・オンライン・シリーズ、Fateシリーズ、ハンターxハンター、鋼の錬金術師涼宮ハルヒ・シリーズ、などである。蛇足であるが、インドにおけるNetflixユーザーは約5百人(2017年時点)である。

 

筆者の身近にいるインド人アニメ・オタク(20代半ば/職業IT系/お気に入りはドラゴンボール)に話を聞いたところ、「我々は日本アニメとアニメクリエーターを尊敬している。視聴したいアニメがNetflixにない場合は、やむを得ず違法サイトで視聴しているが、正規に視聴できるのであれば課金は厭わない。」とのこと。また、「インドではアニメを趣味とすることは家族から支持されないが、友達コミュニティではお気に入りのアニメを紹介しあったりしている。」

 

冒頭でお伝えした「天気の子」に話を戻そう。9月下旬デリー日本映画祭初日の目玉イベントとして新海監督ご本人による挨拶、並びに天気の子の上映が行われた。(当日の様子は下記が詳しい)

https://www.oricon.co.jp/news/2145490/full/

筆者が視察に行った際、「#IndiaWantsAnime」「Otaku」などと書かれたTシャツを来た10代~20代前半の若者で溢れかえっていた。その熱狂たるや、国民的アイドルグループのコンサートが開かれているのかと疑うほどのインパクトを放っていた。当日券(無料)を求め500名超の長蛇の列が出来ていたのである。

いくつかのグループにインタビューを行ったところ、「俺たちは皆、東京喰種 トーキョーグールが大好きだ。シーズン3が始まるので楽しみ!」といった声や「We Are Anime Otaku!!日本のアニメを映画館で観れるなんて最高!」との声、などを聞くことが出来た。彼ら/彼女らの多くが10代後半~20代前半の学生である。

 

【デリー日本映画祭初日】 

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デリー日本映画祭初日に参加したインドのアニメ・ファン(筆者撮影)

 

さらに2週間後の10月11日、インド全土34都市78劇場にて一般上映が行われた。デリー・ムンバイ・バンガロールといった大都市だけでなく、地方都市でも上映され、初週1週間の延べ上映回数は500回超を記録。また、同期間の観客動員数は延べ3.7万人、興行収入11百万円を達成したと推計する。オンライン上の掲示板などには、インド各地で満席状態が多数観察されたとのコメントが寄せられている。予想を超える盛況ぶりに、当初1週間の上映期間に加え、急遽1週間延長が決定された。

 

【一般上映の上映都市・規模】

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(公開情報・現地調査より筆者推計)

また、興味深いことに、Bookmyshow(オンライン・チケット予約サイト/アプリ)上のコメントをみると、コメント人気ランキングの上位コメントに対して非常に多くの「イイネ」がついておりファンコミュニティの熱量の高さを垣間見ることが出来る。 

 

さて、最後に筆者の所感を述べよう。インドでは現状アニメは大きなビジネスになっていない。しかしながら、インターネットの浸透、並びに Netflix 等におけるアニメ・コンテンツ数の拡大等によって、 10 代~ 20 代前半のアニメ・ファンが急増していると思われる。彼ら/彼女らが社会人となり所得を得るようになると、インド・アニメ市場は爆発的に成長する可能性があるものと思料。

他方、現在アニメ・ファンの多くは 違法サ イ ト を通してアニメを閲覧することが多く、 IP コンテンツに対してお金を支払う意識は必ずしも高くはないと思われ る 。日本と比較すると、インドでは「ルール軽視」の傾向が強く、とりわけ、「他者が従わな いル ール には自 らも積極的に従うことはしな い」という考え方を有している。今後はインドのアニメファンが正規コンテンツに対してお金を払うかどうかが論点になる。ただし、中国の事例をみると、正規コンテンツを視聴できるプラットフォーム・エコシステムが形成された後は、数百・数千人のコアなファンが正規購入してくれることが証明されているので、インドでも今後3~5年ほどで類似の市場形成が為されるのではないかと思料する。

*1:ドラゴンボール知名度はそれなりに高いが国民的アニメとは言えない

*2:インド2大叙事詩の一つ。大祭であるDussehraダシャラやDiwaliディワリを祝すようになった背景が描かれている。

*3:シリーズモノはそれぞれ個別カウント

インド政府系シンクタンク・Niti Aayogとは

2018年12月下旬、インド政府系シンクタンク「Niti Aayog(the National Institution for Transforming India)」は「Strategy for New India@75」レポートを公表。今後8-9%の経済成長率を維持し、独立後75周年にあたる2022年にGDP 4兆ドル、2030年までにGDP 5兆ドルを目指すという目標を掲げている。

その実現に向けた政策提言の内容は、(2019 年下院選を意識してか)主に地方・農村部を意識した狙った内容となっている。(目新しいものは不在)

 

(政策提言内容の一例)

・農業従事者の所得倍増

・モディケア(Ayushman Bharat)の確実な実行

・Make in Indiaの加速によるSTEMエコシステムの確立

フィンテック・ツーリズム等のセクター立ち上げ

f:id:indiabizblog:20190107002732j:plain

 

インドにおける中央政府の政策方針を汲み取る上でNiti Aayogの言動をチェックすることは欠かせない。Niti Aayogは2015年に設立された政策提言機関であり(正確には旧Planning Commissionの後継組織)、会長職にモディ首相が就いていることからも推察される通り、政府の政策立案に関して多大な影響力を有している。

例えば、

・2017年に一部巷を騒がせた2030年までの100%EV化(その後撤回)

・十数年赤字を垂れ流し続けてきたAir Indiaの民営化(応札者不在で失敗)

・インドコンテクストでの Maas(Mobility as a service)促進

など枚挙に暇がない。

 

Niti Aayogには「Knowledge and Innovation Hub」と「Team India Hub」との2つの組織が存在する。Knowledge and Innovation Hubは所謂シンクタンク機能として政策提言を行う組織であり、他方、Team India Hubは中央政府と州政府の間を取り持ち、中央政府の政策を州政府の政策・実行へ橋渡しをする組織である。

必ずしもNiti Aayogの政策提言通り政府の政策立案が行われるわけではないが、政府の各種政策はNiti Aayogの提言に基くケースが多い。まさにインドの「頭脳」として機能している組織である。

 

インド事業に携わるビジネスパーソンとしては、モディ首相のTwitter

Narendra Modi (@narendramodi) | Twitter

に加え、Niti AayogのTwitter

NITI Aayog (@NITIAayog) | Twitter

もフォローしておくべきであろう。

 

参考:

Home | (National Institution for Transforming India), Government of India | NITI AAYOG

モディ・ケア ― BOP 5億人のための医療保険制度改革 ―

9月下旬、Ayushman Bharat(*1)と呼ばれる国家健康保護ミッション(The Pradhan Mantri Jan Arogya Yojana (PM-JAY) )が開始された。モディ首相が「Game Changer」と呼ぶ重要施策であり、インド国内では賛否両論あるものの、大きな話題を呼んだ。本稿では、モディケアと称される国家健康保護ミッションについて触れてみたい。

余談であるが、インドの医療・健康を語る上で、「AYUSH」という言葉は覚えておきたい。AYUSHとは伝統医療であるAyurveda(アーユルヴェーダ), Yoga & Naturopathy(ヨガ&自然療法), Unani(ユナニ医学), Siddha(シッダ医学) and Homoeopathy(ホメオパシー) の略称であり、Ministry of AYUSHという省庁があるほど一般的となっている造語である。

 

<目次>

  • 医療事情
  • 公的医療の現実
  • 現行の医療保険制度
  • モディケアの内容
  • モディケアへの批判と期待

 

医療事情

インドの医療事情について、医療サービス提供者側と患者側に分けて俯瞰してみよう。まず、医療サービス提供者側であるが、Indian Brand Equity Foundation のレポートによると、2016年時点でインドには約200,000の病院と157,000のサブセンター・健康センター、それらに加えAYUSH療法を提供する3,600の病院があるようだ。民間セクターは病院数ベースで全体の2~3割程度、病床数ベースで4割を占めているとのこと。

医師数は主に病院を中心として約1百万人存在していると言われている。The Medical Council of Indiaによれば、医師1人に対する患者数が1,674人とWHO目安の1,000人を大きく上回っており、医師の労働負担が重くなっている。

他方、患者側に目を向けると、経産省レポート(*2)によれば、国連ミレニアム開発目標の指標である乳幼児死亡率は3.6%、妊産婦死亡率は0.14%と、日本の0.3%、0.005%と比較すると非常に高い(ただし、経年では大きく改善しており、また新興国の中では低めである模様)。また、ニッセイのレポート(*3)では、公衆衛生や生活環境の改善により伝染病による死亡の割合が大きく低下してきており、一方で非伝染病(外傷や器官系の疾患)による死亡の割合が増加していることが指摘されている。そのため今後インドにおいても先進国同様の病院インフラが求められるものと考えられる。

World Bankによれば、2014年のインドにおける一人当たり医療支出(公的負担・個人負担合計)は$270であり、米国$9,400、英国$3,400、中国$730と比較すると低いと言える。病院の医療単価が低いこともあるが、公的医療も十分に行き届いてはおらず、満足のいく医療が受けられない国民も多くいるものと考えられる。

 

公的医療の現実

インドの公的医療システムは英国同様、3段階の医療区分を有している。つまり、患者はまず各地域の第一次医療機関(主に農村部に存在する健康センター等)に相談し、その後紹介制により第二次医療機関(病院)・第三次医療機関(高度専門病院)を受診できるようになる。しかしながら、州政府が管轄する第一次・第二次医療機関を中心にキャパ不足の問題が横たわっている。この問題は深刻である。後述するように、インドには5億人を超える貧困層がおり、こうした国民は民間医療を受けることができないため、公的医療に頼らざるを得ない。ここでは、公的医療を利用する患者が直面する困難を記事を引用する形で紹介したい。

 

ワシントン・ポスト(2018年9月23日)(*4)  ―

On a recent afternoon last month at Safdarjung Hospital, a government facility in New Delhi, dozens of people were camped outside, bedding down on mattresses and plastic sheets for days while they or family members were treated inside.

At Safdarjung, beds are in short supply, doctors work long shifts and patients cry as surgery dates are delayed.

“We have been sleeping here for the past eight days,” said Mamata Devi, a young mother who had traveled more than 24 hours by train to get to the hospital after her 6-year-old daughter accidentally drank cleaning liquid. The child had been treated but needed follow-up care.

“When it rains, we sleep there,” Devi said, pointing to a small roof at a side entrance to the hospital.

Devi spent about $60 on travel from her village. Food costs her an additional $3 a day. Her husband makes about $4 a day selling utensils.

“We will spend the next year or two paying back the loan,” she said.

 

先月のある日の午後、ニューデリーの政府系医療機関サフダジュン病院(2,900病床を持つインド最大規模の政府系医療機関)の外で、数十人の人々が数日に渡ってマットやビニールシートの上に横たわって野営をしていた。自分自身や家族が医療処置を受けるために。

サフダジュン病院ではベッドが不足しており、医師は長時間労働を強いられ、患者は手術日を延期され泣いている。

“私達は8日間ここで寝ています”とママタ・デヴィは言った。彼女は洗浄液を誤って飲んでしまった6歳の娘を連れて、電車で24時間以上をかけて来院した若い母である。娘は既に医療処置を受けたが、継続的なケアが必要な状態であった。

“雨天の日はそこで寝ています”とデヴィは病院の入り口横の小さな屋根を指差して言った。デヴィは彼女の住む村から$60をかけて来院した。ここでの食事には1日$3かかる。彼女の夫の稼ぎは日用品販売で1日$4である。

“私達は今回の医療ローンを返済するために来年もしくは再来年まで費やすだろう”

 

上記の事例ほどではないにせよ、遠方からの来院、数日ないしは丸一日かけての医療処置、圧し掛かるローン支払い、等は公的医療を受ける患者にとってはよくある現実となっている。こうした貧困層が直面する医療課題を緩和・解決すべく、モディケアの挑戦が始まるのである。

 

現行の医療保険制度

モディケアの内容に入る前に現行の公的医療保険制度を紹介したい。詳しい内容はニッセイのレポートを参照いただきたい(https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=58202&pno=1?site=nli)。

インドには3種類の公的医療保険制度がある。

  • 公務員を対象とする中央政府医療制度(CGHS)
  • 一部民間企業の従業員を対象とする従業員州保険制度(ESIS)
  • 政府支援により貧困層が民間保険に加入できる国家健康保険制度(RSBY)

端的に言うと、これらは一部の特権層(公務員等)および貧困層を対象としている。富裕層・上位中間層は民間の医療保険に加入していることが多い。公的医療保険の費用はGDP比1%台と世界平均6%に比べ大きく劣っており、医療費の自己負担も60%を超えるなど(世界平均は20%)、公的医療保険が満足のいく水準であるとは言い難い。また、統計・計画実施省全国標本調査局によると、地方の86%・都市部の82%の家庭が医療・健康保険に加入していないとのことだ。

 

モディケアの内容

こうした現状下、2018年2月1日に公表された年度予算において、Ayushman Bharat programmeの一環として、健康・医療に関する2つの取り組みが発表された。

 

(1)120億ルビー(約190億)の予算を割り当て、15万箇所のHealth and Wellness Centre(健康促進センター)を全国各地に設置し、包括的な健康・医療ケアサービス(病気・妊娠・小児病のケアや無料の診療サービス・医薬品提供)を提供する

(2)貧困・弱者家庭1億世帯(約5億人)を対象に、年間50万ルピー(約80万円)を上限として第二次医療機関(病院)・第三次医療機関(専門病院)の医療費を公的負担とする

 

その後、9月23日に正式に国家健康保護ミッションが開始された(政府・病院それぞれにおけるオペレーション上の課題は多々あるため、実際の導入・浸透にはまだ時間がかかるのだが)。下記にいくつかのポイントを列挙していく。

  • RSBYを対象者・給付金額の面で拡張したスキームであり、対象者として1億世帯・総勢5億人( 国民の40%)をカバー(RSBYは3,700万世帯)
  • 1家庭分の保険料支払は年間1,110ルピーであり、年間の公費負担額は1,200億ルピー(約1,900億円)に上る(有識者による事前のシミュレーションより遥かに少ない金額とのこと)(受益者による負担は原則ゼロ)
  • 公費負担額の内、原則60%は中央政府負担、残りの40%は州政府の負担となる。
  • 中央政府負担は720億ルピーであり、2018年度(下期のみ)は400億ルピー(約640億円)を負担
  • 州政府は信託モデル(中央・州政府がそれぞれ信託に資金拠出し、病院の請求に基づき支払。支払超過分は両政府で折半)と保険モデル(保険会社への委託)を選択できるが、3分の2の州は信託モデルを選択。(ハイブリッドモデルもあり)
  • 実際の補償支払額が膨らむと、将来、政府の保険料負担も増加する可能性がある
  • いくつかの州(とりわけモディ首相率いるインド人民党BJPの政敵・国民会議派が実験を握る州)は導入に否定的である

 

以降に述べる様々な批判はあるものの、モディケアは貧困層の医療サービス享受と家計負担軽減に向けた大きなチャレンジとして、その導入が期待される。

 

モディケアへの批判と期待

インドのメディアではモディケアに対する否定的な見解も多く交わされている。主な批判を取り上げてみよう。

  • 2019年5月の選挙票田獲得に向けた(実行を伴わない)ただの宣伝(モディ首相率いるインド人民党BJPは地方・農村・低所得者層の票田が弱い)
  • 最大の懸念は財源をどこから捻出するのか問題(中央政府・州政府ともに)(中央政府プライマリーバランスは恒常的に赤字である)
  • 貧困層を優先するため中間層が病院から締め出される可能性。また、下位中間層の自己負担割合が相対的に大きくなる逆転現象が生じる。
  • 現場目線での課題が山積(例えば、持ち出し発生懸念から私立病院・郊外/地方の小規模病院が不参画、医師・医療従事者の負担が増す一方効率化に向けたインフラ整備に遅れ)
  • 新たな不正・賄賂等の温床になる可能性

 

とりわけ、選挙対策と財源不足に関する批判の声が大きい。一方、「今まで光が当たらなかった暗部に焦点を当て改革の旗を立てた」とリーダーシップを賞賛する声も多い。最初から100%完璧な成果を期待することは無理であるが、産官学から多数の支援者を獲得し、理想の姿へ向けて前進することができるという期待である。

 

以上のように前途多難なモディケアであるが、今後の改革の行方を見守って生きたいと思う。

 

本稿の最後に余談であるが、13億人の国民・36の州・連邦直轄地・7超の宗教・22の公用語・1600超のローカル言語が存在し、ヴァルナ(4つの階級)・ジャーティ(3000以上の職業)の名残(所謂カースト)が残る、世界一多様な超大国を率いるモディ首相の強力なリーダーシップは本当に畏れ入る。国全体に明日は今日よりも良くなるという自信・信頼が満ちているからこそ、新しい道に進むことができるのであるが、その「道を示す(旗を立てる)」という難題に挑む覚悟は筆者の想像の域を超えている。

 

参考:

(*1) Ayushman Bharat HP:https://www.india.gov.in/spotlight/ayushman-bharat-national-health-protection-mission

(*2) 経産省レポート:http://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/healthcare/iryou/downloadfiles/pdf/28fy_detailreport_India.pdf

(*3) ニッセイレポート:https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=58202&pno=1?site=nli

(*4) ワシントン・ポスト記事:https://www.washingtonpost.com/world/asia_pacific/india-launches-modicare-the-worlds-biggest-government-health-program/2018/09/21/46c275d6-bb6e-11e8-adb8-01125416c102_story.html?noredirect=on&utm_term=.36669a025550

スタートアップ・インディア -インド・スタートアップの今ー

去る10月下旬にインドIT業界団体NASSCOMが公表したレポートによると、2018年1~9月にインドには1,200社超のテック・スタートアップが新たに生まれ、合計約7,700社にのぼるテック・スタートアップが現在活動しているようである。インキュベーターアクセラレーター数も210を超え、500を超える投資家からの資金調達総額が同期間でUSD 4.2 Bil(約4,200億円) であったことも報告された。前年比でみると、スタートアップ数は12~15%増、調達額は100%増と大きく成長し、スタートアップを取り巻く環境はここ数年の不調期から大きく改善したようである。ユニコーン(企業価値USD 1Bil以上の未公開企業)には新たに7社(Paytm mall除く)が仲間入りし合計15社となり、米国の126社・中国の77社に次ぐ世界第三位(英国と同位)の位置に躍り出た。

これまでにインドスタートアップエコシステムへ$8 Bil(約8,000億円)を投資してきたと報じられているSoftbankは、11月下旬よりInvest Indiaプログラムと共催でTech4Furure Grand ChallengeというAI・機械学習・顔認識・サイバーセキュリティに関連するコンペティションを開催している(テーマはモビリティに関する問題解決が多い模様)。トップ評価を得たスタートアップは$50,000(約5百万円)の資金と日本での2~3ヶ月に渡るインキュベーション機会を得ることができるとのこと。

米国利上げに端を発する、世界的な金余りの終焉、並びに新興国市場の景況悪化が叫ばれる中、まだまだ景気の良い話題も多いインドスタートアップの「今」をみてみよう。

 

Star-up India政策

インドのスタートアップエコシステムを語る上で、まずはモディ政権の政策Start-up Indiaに触れておこう。既知の通り、Start-up Indiaは持続的な経済成長と新たな雇用機会創出を後押しするイノベーションならびにスタートアップのエコシステムを構築することを目指した目玉政策の1つである。具体的な政策の中身は3つの領域・19の計画で構成されている。本稿では項目・概要を列挙するに留める。

 

#

項目

概要

手続きの簡素化と手厚い手引き

1

コンプライアンス遵守の自己申告制度

スタートアップがコア事業へ集中し、かつコンプライアンスコストを低く抑えることができるよう、労務や環境に関するコンプライアンス遵守に関して、モバイルアプリを通した自己申告を可能とする。

2

スタートアップ・エコシステムの拠点

スタートアップによる情報・知見の交換、事業支援の享受、資金の獲得を容易にするため、ヒト・モノ・カネ・情報が集まる拠点を設置する。

3

モバイルアプリ・ポータルサイトの導入

スタートアップの開業手続きや規制当局からの認証取得を迅速かつ簡潔に行うことができるように、関連情報・窓口を集約した単一プラットフォームをモバイルアプリ並びにウェブポータルサイトとして導入する。

4

低コストで利用可能な法的支援と優先的な特許審査

スタートアップによる知的所有権の認知を促進し、知的財産の保護と商業利用を容易にするため、低コストで迅速な特許審査の枠組み並びに法的助言を供与する。

5

公共入札への参加資格要件緩和

公共入札において参加資格要件として問われる「過去の実績」や「過去の売上」に関して、スタートアップへの適用を緩和する。

6

迅速な清算手続き

破産倒産法に基づき、事業に失敗したスタートアップの清算手続きを迅速かつ簡素に行うプロセスを確立する。

資金調達支援とインセンティブ供与

7

ファンド・オブ・ファンズを通じた資金調達支援

スタートアップの資金調達を支援するため、政府が初年度250億ルピー、4年間で計1,000億ルピー(約1,600億円)の資金を拠出しファンドを設定する。当該ファンドは、スタートアップへ投資するSEBI登録済ベンチャーファンドへ資金を拠出するファンド・オブ・ファンズの形態を取る。

8

スタートアップへの信用保証

一般的にデフォルト・リスクの高いスタートアップへのデッド・ファイナンスを促進するため、全国信用保証協会(NCGTC)/SIDBIを通した信用保証制度を設ける。

9

キャピタルゲイン免税

資産売却によるキャピタルゲインを、政府が認めるファンド・オブ・ファンズへ再投資した投資家に対して、免税を与える。

10

3年間の法人税免除

スタートアップがあげた利益の事業への再投資を促すため、法人税を3年間免除する。

11

公正価値を超える投資に対する免税

スタートアップ企業による株式発行の際に、公正価値を超える価額の対価を受領しても、当該超過分にかかる課税は減免とする。(現在VCのみを対象とする同規定をインキュベーターへも適用する)

産学連携とインキュベーション

12

スタートアップ・イベントの

開催

学者、投資家、事業家、及びその他関係者を巻き込んだスタートアップ・コミュニティにおける定期的な連携・協業を図るために、国内外でのスタートアップイベント開催する。

13

Atal Innovation Mission(AIM)の立ち上げ

世界水準のイノベーション拠点、大規模プロジェクト、スタートアップ企業を創出するため、「起業家精神の奨励」と「イノベーションの促進」を掲げたAtal Innovation Mission(AIM)を立ち上げる。

14

インキュベーター創出に向けた民間セクターの活用

インキュベーション施設やメンター人材を確保するために、民間資本を活用した官民協業体制・枠組みを構築する。

15

イノベーション・センターの設立

インキュベーションや研究開発を促進するため、13拠点のスタートアップセンター並びに18拠点の技術・事業インキュベーション施設から成る31拠点のイノベーションセンターを設立する。

16

7つの研究拠点の設立

IITマドラスの研究拠点を参考とし、新たに7つの研究拠点を国立大学(IITs・IISc)内に設立し、各拠点に初期投資として10億ルピー(約16億円)を供与する。

17

バイオ技術分野のスタートアップ促進

毎年300~500社のスタートアップを創出し、2020年までに約2,000社のバイオ技術スタートアップのエコシステムを形成すべく、科学技術省バイオテクノロジー局によるシート・エククイティ資金拠出、並びにグローバルパートナーシップの奨励・活用を行う。

18

学生向けイノベーション・プログラムの提供

科学技術分野におけるイノベーション文化を醸成するため、学生の研究・イノベーション活動を対象とした資金提供を実施する。

19

インキュベーター輩出支援

世界水準のインキュベータ輩出を目指し、政府が選定した10のインキュベーターに対して各1億ルピー(約1億6,000万円)の資金援助を行い、スタートアップ支援サービスの質を底上げする。

(Startup India Action Planより筆者作成)

 

上記中央政府の政策に呼応し、各州においてもスタートアップ支援プログラムが多数提供されている。例えば、IT都市・バンガロールを擁するカルナタカ州はAmazon, IBM, Microsoftといった多国籍企業の支援の下、スタートアップへのインセンティブを供与している。また、政都・デリーや商都・ムンバイを擁するマハラシュトラ州では独自のスタートアップ促進政策の策定やインキュベーション施設の設置、資金拠出支援が行われている。その他、多くの州が何らかのスタートアップ支援政策・施策を有している。

 

インド・ユニコーン

こうした政策の後押しもあり、いまやインドのユニコーン企業数は15社(内、7社は2018年の調達ラウンドで仲間入り、Paytm Mall除く)と米国・中国に次ぐ企業数となっている。下記に全15社のリストを記載しておく。

 

企業名

評価額

加盟年度

セクター

投資家

Snapdeal

$7

2014

eCommerce/Marketplace

SoftBankGroup,Blackrock, Alibaba Group

Olacabs

$4.3

2014

On-demand

Accel Partners, SoftBank Group, Sequoia Capital

InMobi

$1

2014

Adtech

Kleiner Perkins Caufield & Byers, Softbank Corp., Sherpalo Ventures

One97 Communications (Paytm)

$10

2015

Fintech

Intel Capital, Sapphire Ventures, Alibaba Group

Zomato Media

$2

2015

Social

Sequoia Capital, VY Capital

Quikr

$1

2015

eCommerce/Marketplace

Brand Capital, Tiger Global Management, Kinnevik

Hike

$1.4

2016

Social

Foxconn, Tiger Global management, Tencent

Shopclues

$1.1

2016

eCommerce/Marketplace

Nexus Venture Partners, GIC Special Investments, Tiger Global Management

ReNew Power Ventures

$2

2017

Energy & Utilities

Goldman Sachs, JERA, Asian Development Bank

Oyo Rooms

$5

2018

Travel Tech

SoftBank Group, Sequoia Capital India,Lightspeed India Partners

Swiggy

$1.3

2018

On-demand

Accel India, SAIF Partners, Norwest Venture Partners

PolicyBazaar

$1

2018

Fintech

Info Edge, Softbank Capital

BYJU'S

$1

2018

Ed Tech

encent Holdings, Lightspeed India Partners, Sequoia Capital India

Udaan

$1

2018

e-commerce

DST Global, Lightspeed Venture Partners, Microsoft ScaleUp

Freshworks

$1.3

2018

Internet Software & Services

Sequoia Capital, Accel Partners, CapitalG

(CB Insightsより筆者作成)

 

主要投資家欄をみると、名立たるVCとともにSoftbankの名も見つけることができる。ここでは、日本でも話題にあがったインドユニコーン2社を取り上げ、簡単に事業概要をみてみよう。

 

【Paytm】

2018年7月、ここ数年話題を呼んでいるSoftbank World 2018において、Paytmファウンダー兼CEOのVijay Shekhar Sharma 氏が登壇した。同社はSoftbankのAI群戦略のパートナーであるが、群雄割拠の日本のモバイル決済市場において、Paytmの有するバーコード・QRコードをベースとした決済技術を利用して、ソフトバンクとヤフーの合同会社「Paypay」がサービスをローンチすると発表されたことは記憶に新しい。インド国内で1億人を超えるユーザーを有するインド発モバイル決済アプリが日本に輸入されることは大きな衝撃を与えた。

同社は2016年11月の高額紙幣廃止(現金流通総額の90%が使用不可となった)を追い風に、大きく顧客基盤を拡大した。いわば、インド政府が推し進めるデジタル時代の申し子である。今ではモバイル決済事業のみならず、銀行口座を持たない多くのインド国民に対して金融サービスを提供する決済銀行事業(預金・送金のみ利用可能)や顧客基盤を梃子としたe-commerce事業(日用品から耐久財まで幅広く取り扱い、さらに飛行機の予約まで可能)も急拡大している(なお、e-commerce事業に関しては事業部門であるPaytm mall単体で$1bilの評価額を得ている)。金融サービスプラットフォーム・Eコマースプラットフォームを基盤に、将来的には一大経済圏(楽天経済圏のようなイメージ)を築いていくものと思料する。

 

【OYO】

Oyoもまた2018年度内の日本進出を発表したインドユニコーンの1社である。2013年に当時19歳のRitesh Agarwal氏によって創業された格安ホテル運営会社であるが、その原動力はAIによる宿泊需給予測とダイナミックプライシングである。サービス品質が低く稼働率もばらつきのあるインドの個人経営ホテルをチェーン化し、IT技術を梃子としたホテル運営の効率化とサービス品質の均一化によって事業を急拡大させてきた。インドでの拡大ペースが衰えぬ中、2016年以降は東南アジア・中東・中国にも進出しており、今や全世界で30万室に届く規模のネットワークを築いている。

同社は、オンライン予約プラットフォームや各種経営・運営ツール提供の対価としてのフランチャイズ料、並びにホテルの収益分配を受け取るという収益モデルを構築している。ITによる経営・運営効率化は世界でも通用する大きな武器であるはずだが、ホテルスタッフの質に左右されるサービス品質・顧客満足度でどこまで各国における競合優位性を築けるのか大変興味深いものがある。

Airbnbが切り開いた「民泊」というビジネスモデルの興奮冷め止まぬ中、Oyoはホテル業界に新たな旋風を巻き起こしている。宿泊施設が不足していると言われているにも関わらず、日本では既存ホテル業界によるロビーイングが功を奏し、民泊事業者は様々な制約下での事業運営を余儀なくされているが、Oyoの進出が業界にどのような影響をもたらすのか(アパホテル東横インはこのまま勝ち続けることができるのか、Oyoは日本でも成功するのか)、今後注目していきたい。

 

分野別概況・トレンド

これまで見てきたとおり、インドではStart-up India政策により周辺環境が整備され、ユニコーンという成功事例も多数出てきている。分野別に最新のトレンドや具体的なスタートアップ事例をみていこう。

 

【Enterprise Software】

法人向けソフトウェア分野(SaaS)には約1,100社を超えるスタートアップが存在。内、約4割の企業がデータ解析・AI・機械学習ドリブンなサービスを展開している。2~3年前まではビッグデータ解析のブティック系スタートアップとしてFractal Analytics, AbsolutData, Manthan, Latent Viewや日本でも一時期取り上げられたMu Sigma等が話題の中心に上っていた。これらの企業は自社開発の解析ツール・プラットフォームを利用して全産業セクター向けに解析サービスを提供していた。その後、アマゾンAWS, グーグルGCP, マイクロソフトAzure等のクラウドサービスが一般に普及・浸透したため、特定の産業セクター・特定のソリューションに特化したスタートアップが多数生まれた。インド国内で知名度の高いSaaSスタートアップを列挙していくと、チャットボットのNiki.ai・Haptik・Active.ai、画像認識のMad Street Den・Staqu Technologies、意思決定支援のArticatic Data Labs・Formcept、オフィス内パーソナルアシストのmyally.ai ・Brainasoft、Logistics・Fleetセクターに特化したLucus・Netradyne、IoTに特化したFluturaあたりであろうか。その他にも大小・有象無象のテクノロジードリブン・スタートアップが存在する。既知の通りインドは欧米多国籍企業を顧客としたIT-BPMやソフトウェア開発を通してIT産業が発達しており、豊富なソフトウェア・エンジニア(アプリケーション・サーバー両方)を抱えている。こうした人材が近年のデータ解析・AI・機械学習ブームとともにデータ・エンジニアとなることを目指しSaaS分野に流れ込んでいるのである。

 

【FinTech】

フィンテック分野には900社超のスタートアップが存在する。Paytmが勝ち抜けしたデジタル・ペイメント分野に続き、現在はローン貸出分野・資産運用分野のサービスを提供する企業が増えている(企業数ではそれぞれ280社超・160社超が存在)。

例えば、CreditVidyaは2012年に設立されたムンバイ発のフィンテック・スタートアップである。彼らは初めてローンを借りる借り手の信用スコアを診断するサービスを提供している。インドをはじめ新興国では銀行口座を持たない・クレジット使用履歴がない若年層もしくは地方に住む国民が多数を占め、ローン審査において重要指標である信用スコアを使えないケースが多い。一方、スマートフォン等モバイルでのインターネット利用者が5億人に迫り、SNSデータ・ウェブアクセスログデータ・モバイルアプリデータ・GPSデータ等の個人データは利用可能性が広がっている(現時点では個人情報保護もEU-GDPRほど厳密ではない)。 CreditVidyaはこうした1万以上の個人データに基づき、5分で借り手の信用力(デフォルトリスク)を診断する機械学習アルゴリズムを構築した。米国ZestFinanceが切り開いた機械学習を用いた個人ローンの信用スコア診断であるが、インドでは従来型の書類審査・信用スコア審査・家庭訪問審査ではローンを借りられない(貸し出せない)多くの有望な借り手に対して、資金提供を可能にする合理的な手段として金融機関・ローン会社からも注目を集めている。その他、個人ローン貸出サービスOptacreditや資産運用助言サービスFundsIndiaをはじめ、数々の類似スタートアップが存在している。

 

【HealthTech・MediTeck】

ヘルステック・メディテック分野には550社超のスタートアップが存在する。良質で安価な医療サービス・医療情報へのアクセスが困難なインドでは、120社超のスタートアップが潜在患者や医師・医療機関向けのアグリゲーター(プラットフォーム)サービスを展開している。例えば、DocsAppはモバイルアプリを通して患者が医師に症状を相談できるサービスを提供している。家族に知られたくない、夜間の緊急時、セカンドオピニオンが欲しい、病院が遠方にある、等の理由で来院・通院が困難な患者でも手軽に診断を受けることが可能である。

アグリゲーター以外の事業領域でも有力なスタートアップが生まれてきている。Tricog Health Servicesは2015年に設立されたバンガロール発スタートアップである。かつてリバースイノベーション事例として持ち上げられたGEインドのECG(心電計)と同分野で、独自開発の心電計の製造・販売とクラウドベースの心電図解析サービスを提供している。医師による心電計を用いた診断を迅速化するだけでなく、機械学習を用いた解析により診断の質を向上させていることが強みである。SigTupleも2015年に設立されたバンガロール発のスタートアップであり、機械学習による医療診断サービスを提供している。インドでは一部の都市圏を除き、十分な質量の医療設備・専門医師を有する医療センターまで数百kmの道程を移動しなければならない。このような環境下で迅速な措置を施すために、SigTupleは患者が医療センターへ来院するまでの間に血液・尿・X線検査等を対象とした初期診断を自動で行えるサービスを提供し、医師の診療・処置を支援している。

 

【Ed Tech】

学習コンテンツのオンラインプラットフォーマーであるBYJU'Sがいち早くユニコーン入りしたエデュテック分野には400社超のスタートアップが存在する。インド人の最もホットな投資先の一つと言われる子供への教育は企業の事業領域として魅力的な分野であろう。世界的にもMOOCが流行し教育コンテンツへのアクセスが容易になっているが、BYJU'SはインドのK12層(from Kindergarten to Grade12)及びJEE・CAT・NEET等の高等教育入学試験受験者(JEE: IITs等工学系, CAT: IIMs等MBANEET: 医学系)を対象として人気講師による優良コンテンツを提供している。著名投資家から数十億円規模で資金調達しているSimplilearnやUnacademyもほぼ類似した事業モデルと言える。また、2018年4月に財閥リライアンス・インダストリーが株式の72.69%を取得して買収したEmbibeやtopprといったスタートアップも同様の事業モデルではあるが、個人に特化したパーソナライズド・ラーニングという点をより訴求している。つまり、学生の学習行動・特性(興味・集中力・自信・不安)を数値化し、機械学習を用いて最適なコンテンツや学習方法を提案している。

このように多くのオンラインプラットフォーマーが台頭してきたエデュテック分野であるが、既にWinner takes Allの時代が迫りつつあると思料する。その理由は2点である。まず、現在の教育ブームを牽引しているのは、急増する中間層に入りつつあるブルーカラーの両親達であるが、彼らの多くは非常に保守的でありValue for Moneyに見合う製品・サービスの中でもとりわけ信頼度の高い(口コミが多く評価が高い)製品・サービスを選択する傾向が強い。オンライン教育コンテンツのような地域性・言語の壁が比較的低いサービスはとりわけネットワーク効果が発揮されるはずである。(なお、インドでは上記カテゴリーの両親達は授業が英語で行われる私立学校、ないしは最近増加しつつある英語で授業を行う公立学校に子供を進学させたがるケースが多い。授業料は高くなるが、子供が英語を使いこなしより良い職を得るために投資は惜しまないのである。)もう一つの理由は、人気講師による優良コンテンツの囲い込みが起こることである。講師にとってはWinnerとなるプラットフォームに授業を提供する方が、経済的な報酬も教育者として多くの学生を支援するという意義も大きい。真偽の程は定かではないが、一部では既にBYJU'S・Simplilearnに集約されつつあるという声もある(売上規模や成長を比較してみると真偽を判断できるであろう…)

 

【Agri Tech】

インドは世界で二番目に広い農耕地を有し、労働者人口の約半分が第一次産業従事者である一方、GDPに占める同産業の割合は20%未満と、農業を主とする第一次産業の付加価値は低いと言わざるを得ない状況である。モディ首相も2020年までに農業従事者の平均収入を2倍に引き上げると公言しているように、第一次産業における生産性改善及び付加価値創出が強く期待されている。資本・労働集約的な側面の強い同産業をテクノロジーの力で変革するアグリテック分野には現在300社超のスタートアップが存在しているが、そのサービス内容は農地の天気予報から耕作助言まで多岐に渡る。Em3は2014年に設立されたマディヤプラデシュ州発のスタートアップである。農家が生産性を上げるためには最新の農機やIT設備が必要であるが、多くの小規模農家にとっては投資負担が重く、従来はそういった農機・設備を導入できなかった。Em3はトラクターや収穫機等の農機を提供する代わりに、使用時間や使用する農地の広さに応じた料金を徴収するPay-for-Useモデルを採用し、小規模農家へサービスを提供している。現在は農機だけでなくITベースのオペレーション管理システムをモバイルアプリとして提供する等、農家の生産性改善に資するサービス範囲を拡大している(Pay –for-Useモデルによる農家支援サービスをFaaS: Farming as a serviceと呼んでいる)。

AgroStarは肥料・種・農薬に関する助言や販売を行っている。専門家による適切な助言により品質の良い農作物づくりを支援するとともに、専用アプリを利用することで適切な量・質の肥料・種・農薬を透明な価格で迅速に提供している。その他、多くのアグリテック・スタートアップは未だシリーズB に至っておらず、今後同分野の一層の拡大が期待される。

 

多少冗長な文章になってしまったが、以上がインドスタートアップ界隈の概況である。

 

(参考)

https://www.startupindia.gov.in/

NASSCOMレポート: Indian_Start-up_Ecosystem_2018-Final_Report

メイク・イン・インディア - 政策と企業事例 ー

世界に保護主義の波が押し寄せて久しいが、米中欧の動きに危機感を覚えるインドもその動きを強化している。

インド政府は直近1年で度重なる関税引き上げを行ってきた。消費者製品に限ってみても、2017年12月のスマートフォン・テレビ等電子機器、2018年2月の電子機器部品・自動車部品等、8月の衣類等繊維製品、9~10月にかけエアコン・冷蔵庫等の白物家電VoIP関連製品等の通信機器、ウェアラブル端末等、いずれも2.5%~10%の関税引き上げが行われてきた。

自国の産業保護とともに、米国金利引き上げに端を発する新興国通貨安(ルピー安)が及ぼす財政赤字拡大の阻止という目的もある。関税引き上げ対象となっている品目は基本的にはインド国産品を調達可能な製品に限定されており、消費者への経済的打撃は限定的であるが、外資企業にとって事業への影響は大きい。一連の関税引き上げ、またFDI規制緩和等の産業政策から透けて見えるインド政府の思惑として、モディ首相が掲げるMake in India政策による製造業の国内誘致姿勢が益々鮮明になってきた。今回はそのMake in India政策について内容をお伝えする。

 

Make in India政策の概要

Make in Indiaとはインドを世界における研究開発・製造ハブとすることを目標としたモディ政権肝入りの産業政策である。2014年9月にスタートし、産官・国州が一体となり計画策定から実行・導入まで推進し、製造業の勃興へ向けたインフラ整備・財務支援等が行われてきた。定量目標としては2020年までにGDPに占める製造業の割合を25%に拡大するという目標を掲げていた。

そもそもインドは中国その他の新興国とは異なり、1990年代から米国へのITサービス輸出国として台頭したため、第二産業(製造業)の発展を経ずに第三次産業(サービス業)が主要な産業として存在していた。都市と地方・農村、貧富の格差が拡大する中、地方・農村や低所得者への経済恩恵の裾野拡大、および雇用の創出という観点からは製造業の発展が求められていた。こうした背景下でモディ政権はITサービスに加え製造業によるインド経済の成長を目指したのである。

Make in India政策スタートから4年が経過し、その成果はGDPの力強い成長、FDI投資流入の伸張、Ease of Doing Businessランキングのランクアップ、製造業における雇用数の拡大、など様々な経済指標に結果として現れている。今や本政策の成功は海外企業も疑わないところとなっている。

 

Make in India政策の内容

具体的な政策の中身を見ていこう。外資企業にとって注目すべき点は1)インフラ整備と2)財務支援である。

 

1)インフラ整備

まずインフラ整備に関していくつかのポイントを列挙する。

 

・FDI(海外直接投資)

下記の参照

FDI(外国直接投資)規制 - ミレニアル世代からみたインドビジネス最前線

 

・IPR(知的財産保護)

2016年5月に先進国水準のIPRフレームワークを構築し、国際特許出願環境の整備、審査官増員による審査期間短縮(特許は7年→18ヶ月、意匠・商標は13ヶ月→1ヶ月)などを行ってきた。結果として、韓国サムスンをはじめ外資企業のインドにおけるR&D特許出願が急増した。

 

・Ease of Doing Business関連

雇用者に義務付けられている被雇用者保険・年金や外国人登録に関する手続き・支払いのデジタル(オンライン)化、輸出入書類の削減、産業ライセンス効力期間の延長、企業倒産法の改定、GST統一、会社登記手続きの期間短縮(10日→1日)などを行い、結果としてEase of Doing Businessランキングは2018年に77位とここ数年で大きくランクアップした。

 

・産業特区・工業団地

DMIC(デリー・ムンバイ間)、CBIC(チェンナイ・バンガロール間)、BMEC(バンガロール・ムンバイ間)、VCIC(ヴィシャカパトナム・チェンナイ間)、AKIC(アムリトサルコルカタ間)といったインド東西南北における産業大動脈構想を発表し、沿線に多数の工業団地を設立。外資製造業がインドで工場を設立する際の有力な立地候補となっている。

 

2)財務支援

税控除やインセンティブなどの主な財務支援の内容は下記のとおり。(恩恵の金額・率はセクター・企業にとって異なるため省略)

 

・R&Dインセンティブ・スポンサーシップインセンティブ

科学技術の振興に寄与するコストの損金算入(100%以上の算入あり)や法人税控除

 

・インハウスR&D

インド法人内のR&Dコストを税控除(100%以上の控除あり)

 

・州インセンティブ

AP州・グジャラート州等の州における様々なインセンティブあり(土地建物取得などの資本投資に対する還付や補助金など)

 

・輸出インセンティブ

MEIS(Merchandise Export Incentive Scheme)下における製品輸出に対するインセンティブ

 

・SEZ/NIMZ(National Investment and Manufacturing Zone)

経済特区や国家投資・製造地区におけ優遇措置やインセンティブ

 

・M-SIPS(Modified Special Incentive Package Scheme

MEITY(電子情報技術省)による指定品目の製造に関する投資インセンティブ

 

外資企業による現地R&D・生産投資の事例

上述のように、整備されつつあるインフラ環境や様々なインセンティブ外資製造業のインド進出(現地R&D・生産)を後押ししている。どのような企業が現地R&D・生産を行っているか(計画しているか)、具体的な事例を見ていこう。ここではMake in Indiaの公式WebsiteHome - Make In India)においてMarquee Investment(注目の投資)として紹介されている企業をいくつか取りあげる。

 

iPhoneの製造で有名な台湾EMSのFoxconnはUSD 5,000Mil(約5,000億円)の投資を政府に申告している。2020年までに10~12の工場をインド国内に設立し、スマートフォン・TV・バッテリー・その他電化製品等を生産する計画とのことである。2014年にインド進出し、既にAP州・タミルナド州においてTVやXiaomi・Asusスマホを生産しているが、最近では3つ目の工場をマハラシュトラ州に設立することで州政府と合意した旨の報道もなされている。

中国企業の躍進も著しい。HuaweiはこれまでUSD 170Mil(約170億円)のR&D投資を行ってきた。バンガロールにあるR&Dセンターは本国以外では最大規模を誇っている。R&D以外にもタミルナド州に生産拠点を設立するための認可を既に取得しており、今後現地生産も行う計画である。また、インドスマートフォン市場のトップメーカーの1角・ Xiaomiも2015年にヴィシャカパトナムに工場を設立以来、現在2工場を有し、3つめの工場の設立を表明済み。総投資額は公表されていないものの、同社の世界戦略で唯一成功しているインドへは積極的な大規模投資を行っていることが窺い知れる。

欧米多国籍企業の代表格・米国GEはUSD 770Mil(約770億円)の投資を申告している。2015年にUSD 200Milを投じてマハラシュトラ州プネに最新鋭のスマートファクトリーを設立。同工場の拡張に更にUSD 120Milの追加投資を計画している。また、同じくマハラシュトラ州にUSD 450Milを投じて新たな工場を設立することを公表済みである。ドイツSiemensは過去10年で総額USD 2,000Mil(約2,000億円)以上を22の工場、11のR&Dセンターを含むインド各地の現地法人へ投資している。更にAIを含む最先端ソフトウェア関連技術の獲得、およびスタートアップ投資のため今後5年でUSD 1,100Mil(約1,100億円)の資金拠出を計画している。

今や一国家に匹敵するほどのパワーを持つFAAMGの雄・Amazonは総額USD 5,000Mil(約5,000億円)の投資を表明。倉庫・物流網、データセンター、オンラインマーケットプレイスへUSD 2,000Mil(約2,000億円)を投じると共に、2016年に更なるUSD 3,000Mil(約3,000億円)の資金拠出を公表。アジア地域で6拠点目となるAWSのデータセンターをムンバイに設置する。なお、GoogleMicrosoftもUSD 200Mil(約200億円)以上を投資済みである。

日本企業に目を向けると、製造業の中で開生販の現地化が最も進んでいるといわれるPanasonicはUSD 30Mil(約30億円)と投資。同社は冷蔵庫の現地生産を行うと共に、日本では撤退したB2C向けスマートフォンを地場Dixon社へ現地生産委託している。同様にSonyはインド向けTV・スマートフォンの生産をFoxconnに委託している。ハードウェアを事業の中心とする両社と比較すると、NTTの投資規模はより大きい。データセンター事業、および通信事業を中心にUSD 300Mil(約300億円)規模の投資を計画していると言われている。

最後に日系最大の投資会社といわれているSoftbankグループ子会社のSoftbank Energyを紹介しなければならない。某産油国の件で揺れる同グループ並びにSVF(Softbank Vision Fund)であるが、2018年6月に表明したインド太陽光発電事業への数兆円規模の投資に関連し、SB Energy社によるUSD 20,000(約2兆円)に上る投資計画が記載されている。2009年に発表されたNational Solar Mission(国家太陽光発電計画)の下で350メガワットの太陽光発電施設の建設を受注しており、25年に渡る固定価格での買取契約も締結している模様である。当然、調達条件として地場企業からの高い調達率が条件として指定されているはずである。

 

趣旨から逸れるため本稿では取り上げなかったが、世界の工場となった中国での生産に比べると、実態としてインドにおける生産のハードルはまだまだ高いと言わざるを得ない。それでも開発・生産・販売のいずれの側面からもインドという国のポテンシャルは無視できないほどに高まっている。そのため、メーカーとしては最初の一歩として地場もしくは台湾系のEMSを利用するという手が有効な一手となるかもしれない。最大手Foxconn以外の台湾系EMSも2番手企業郡のWistronが2016年、Pegatronが2018年に進出している。インドにおける開発・生産の実態についてもいつか取り上げたい。

 

(参考)

http://www.makeinindia.com/home