メイク・イン・インディア - 政策と企業事例 ー

世界に保護主義の波が押し寄せて久しいが、米中欧の動きに危機感を覚えるインドもその動きを強化している。

インド政府は直近1年で度重なる関税引き上げを行ってきた。消費者製品に限ってみても、2017年12月のスマートフォン・テレビ等電子機器、2018年2月の電子機器部品・自動車部品等、8月の衣類等繊維製品、9~10月にかけエアコン・冷蔵庫等の白物家電VoIP関連製品等の通信機器、ウェアラブル端末等、いずれも2.5%~10%の関税引き上げが行われてきた。

自国の産業保護とともに、米国金利引き上げに端を発する新興国通貨安(ルピー安)が及ぼす財政赤字拡大の阻止という目的もある。関税引き上げ対象となっている品目は基本的にはインド国産品を調達可能な製品に限定されており、消費者への経済的打撃は限定的であるが、外資企業にとって事業への影響は大きい。一連の関税引き上げ、またFDI規制緩和等の産業政策から透けて見えるインド政府の思惑として、モディ首相が掲げるMake in India政策による製造業の国内誘致姿勢が益々鮮明になってきた。今回はそのMake in India政策について内容をお伝えする。

 

Make in India政策の概要

Make in Indiaとはインドを世界における研究開発・製造ハブとすることを目標としたモディ政権肝入りの産業政策である。2014年9月にスタートし、産官・国州が一体となり計画策定から実行・導入まで推進し、製造業の勃興へ向けたインフラ整備・財務支援等が行われてきた。定量目標としては2020年までにGDPに占める製造業の割合を25%に拡大するという目標を掲げていた。

そもそもインドは中国その他の新興国とは異なり、1990年代から米国へのITサービス輸出国として台頭したため、第二産業(製造業)の発展を経ずに第三次産業(サービス業)が主要な産業として存在していた。都市と地方・農村、貧富の格差が拡大する中、地方・農村や低所得者への経済恩恵の裾野拡大、および雇用の創出という観点からは製造業の発展が求められていた。こうした背景下でモディ政権はITサービスに加え製造業によるインド経済の成長を目指したのである。

Make in India政策スタートから4年が経過し、その成果はGDPの力強い成長、FDI投資流入の伸張、Ease of Doing Businessランキングのランクアップ、製造業における雇用数の拡大、など様々な経済指標に結果として現れている。今や本政策の成功は海外企業も疑わないところとなっている。

 

Make in India政策の内容

具体的な政策の中身を見ていこう。外資企業にとって注目すべき点は1)インフラ整備と2)財務支援である。

 

1)インフラ整備

まずインフラ整備に関していくつかのポイントを列挙する。

 

・FDI(海外直接投資)

下記の参照

FDI(外国直接投資)規制 - ミレニアル世代からみたインドビジネス最前線

 

・IPR(知的財産保護)

2016年5月に先進国水準のIPRフレームワークを構築し、国際特許出願環境の整備、審査官増員による審査期間短縮(特許は7年→18ヶ月、意匠・商標は13ヶ月→1ヶ月)などを行ってきた。結果として、韓国サムスンをはじめ外資企業のインドにおけるR&D特許出願が急増した。

 

・Ease of Doing Business関連

雇用者に義務付けられている被雇用者保険・年金や外国人登録に関する手続き・支払いのデジタル(オンライン)化、輸出入書類の削減、産業ライセンス効力期間の延長、企業倒産法の改定、GST統一、会社登記手続きの期間短縮(10日→1日)などを行い、結果としてEase of Doing Businessランキングは2018年に77位とここ数年で大きくランクアップした。

 

・産業特区・工業団地

DMIC(デリー・ムンバイ間)、CBIC(チェンナイ・バンガロール間)、BMEC(バンガロール・ムンバイ間)、VCIC(ヴィシャカパトナム・チェンナイ間)、AKIC(アムリトサルコルカタ間)といったインド東西南北における産業大動脈構想を発表し、沿線に多数の工業団地を設立。外資製造業がインドで工場を設立する際の有力な立地候補となっている。

 

2)財務支援

税控除やインセンティブなどの主な財務支援の内容は下記のとおり。(恩恵の金額・率はセクター・企業にとって異なるため省略)

 

・R&Dインセンティブ・スポンサーシップインセンティブ

科学技術の振興に寄与するコストの損金算入(100%以上の算入あり)や法人税控除

 

・インハウスR&D

インド法人内のR&Dコストを税控除(100%以上の控除あり)

 

・州インセンティブ

AP州・グジャラート州等の州における様々なインセンティブあり(土地建物取得などの資本投資に対する還付や補助金など)

 

・輸出インセンティブ

MEIS(Merchandise Export Incentive Scheme)下における製品輸出に対するインセンティブ

 

・SEZ/NIMZ(National Investment and Manufacturing Zone)

経済特区や国家投資・製造地区におけ優遇措置やインセンティブ

 

・M-SIPS(Modified Special Incentive Package Scheme

MEITY(電子情報技術省)による指定品目の製造に関する投資インセンティブ

 

外資企業による現地R&D・生産投資の事例

上述のように、整備されつつあるインフラ環境や様々なインセンティブ外資製造業のインド進出(現地R&D・生産)を後押ししている。どのような企業が現地R&D・生産を行っているか(計画しているか)、具体的な事例を見ていこう。ここではMake in Indiaの公式WebsiteHome - Make In India)においてMarquee Investment(注目の投資)として紹介されている企業をいくつか取りあげる。

 

iPhoneの製造で有名な台湾EMSのFoxconnはUSD 5,000Mil(約5,000億円)の投資を政府に申告している。2020年までに10~12の工場をインド国内に設立し、スマートフォン・TV・バッテリー・その他電化製品等を生産する計画とのことである。2014年にインド進出し、既にAP州・タミルナド州においてTVやXiaomi・Asusスマホを生産しているが、最近では3つ目の工場をマハラシュトラ州に設立することで州政府と合意した旨の報道もなされている。

中国企業の躍進も著しい。HuaweiはこれまでUSD 170Mil(約170億円)のR&D投資を行ってきた。バンガロールにあるR&Dセンターは本国以外では最大規模を誇っている。R&D以外にもタミルナド州に生産拠点を設立するための認可を既に取得しており、今後現地生産も行う計画である。また、インドスマートフォン市場のトップメーカーの1角・ Xiaomiも2015年にヴィシャカパトナムに工場を設立以来、現在2工場を有し、3つめの工場の設立を表明済み。総投資額は公表されていないものの、同社の世界戦略で唯一成功しているインドへは積極的な大規模投資を行っていることが窺い知れる。

欧米多国籍企業の代表格・米国GEはUSD 770Mil(約770億円)の投資を申告している。2015年にUSD 200Milを投じてマハラシュトラ州プネに最新鋭のスマートファクトリーを設立。同工場の拡張に更にUSD 120Milの追加投資を計画している。また、同じくマハラシュトラ州にUSD 450Milを投じて新たな工場を設立することを公表済みである。ドイツSiemensは過去10年で総額USD 2,000Mil(約2,000億円)以上を22の工場、11のR&Dセンターを含むインド各地の現地法人へ投資している。更にAIを含む最先端ソフトウェア関連技術の獲得、およびスタートアップ投資のため今後5年でUSD 1,100Mil(約1,100億円)の資金拠出を計画している。

今や一国家に匹敵するほどのパワーを持つFAAMGの雄・Amazonは総額USD 5,000Mil(約5,000億円)の投資を表明。倉庫・物流網、データセンター、オンラインマーケットプレイスへUSD 2,000Mil(約2,000億円)を投じると共に、2016年に更なるUSD 3,000Mil(約3,000億円)の資金拠出を公表。アジア地域で6拠点目となるAWSのデータセンターをムンバイに設置する。なお、GoogleMicrosoftもUSD 200Mil(約200億円)以上を投資済みである。

日本企業に目を向けると、製造業の中で開生販の現地化が最も進んでいるといわれるPanasonicはUSD 30Mil(約30億円)と投資。同社は冷蔵庫の現地生産を行うと共に、日本では撤退したB2C向けスマートフォンを地場Dixon社へ現地生産委託している。同様にSonyはインド向けTV・スマートフォンの生産をFoxconnに委託している。ハードウェアを事業の中心とする両社と比較すると、NTTの投資規模はより大きい。データセンター事業、および通信事業を中心にUSD 300Mil(約300億円)規模の投資を計画していると言われている。

最後に日系最大の投資会社といわれているSoftbankグループ子会社のSoftbank Energyを紹介しなければならない。某産油国の件で揺れる同グループ並びにSVF(Softbank Vision Fund)であるが、2018年6月に表明したインド太陽光発電事業への数兆円規模の投資に関連し、SB Energy社によるUSD 20,000(約2兆円)に上る投資計画が記載されている。2009年に発表されたNational Solar Mission(国家太陽光発電計画)の下で350メガワットの太陽光発電施設の建設を受注しており、25年に渡る固定価格での買取契約も締結している模様である。当然、調達条件として地場企業からの高い調達率が条件として指定されているはずである。

 

趣旨から逸れるため本稿では取り上げなかったが、世界の工場となった中国での生産に比べると、実態としてインドにおける生産のハードルはまだまだ高いと言わざるを得ない。それでも開発・生産・販売のいずれの側面からもインドという国のポテンシャルは無視できないほどに高まっている。そのため、メーカーとしては最初の一歩として地場もしくは台湾系のEMSを利用するという手が有効な一手となるかもしれない。最大手Foxconn以外の台湾系EMSも2番手企業郡のWistronが2016年、Pegatronが2018年に進出している。インドにおける開発・生産の実態についてもいつか取り上げたい。

 

(参考)

http://www.makeinindia.com/home