インド・アニメ市場の今

2019年9月下旬、とうとうインドにも日本アニメが上陸した。新海誠監督の「天気の子」である。インド人の若者を中心に5万5,000名超のオンライン署名が集まり、8月に新海監督自らTwitterでインドでの上映をアナウンスしたのである。

(オンライン署名:https://www.change.org/p/prasoon-joshi-weathering-with-you-tenki-no-ko-screening-in-india

本稿では、まだ日本では知られていない、インドのアニメ事情について簡単にお伝えする。

 

【子供向けアニメ】

もし読者が知人のインド人に「アニメを知っているか?」と聞いたら、彼らの多くはこう答えるであろう。

『もちろん、インドではChhota Bheemが一番有名だ。後はドラえもん、しんちゃん(クレヨンしんちゃん)だな。私の息子(娘/甥/姪)も観ているよ。』

 

そう、ドラえもんと(クレヨン)しんちゃんはインドの3大アニメコンテンツ*1である!!インドの大学最高峰の頭脳・IIT卒のインド人でも知っている。

更に、インドの人気コンテンツであるABCD (Astrology占星術/Bollywoodボリウッド/Cricketクリケット/Devotion信仰)に関連したアニメでは、Cricketを題材としたSuraj: The Rising Star(インド版巨人の星)は大して人気が出なかったようであるが、ヒンドゥー教聖典であるRamayana(ラーマヤナ)*2の日印合作アニメは広く知られている。

 

【Chhota Bheem】

www.youtube.com

 

【Ramayana Animated Movie】

www.youtube.com

 

また、ここまで主に子供向けアニメを紹介したが、インドでアニメといったら一般的には子供向けアニメを指す。大人向けアニメは若者中心に広がりつつあるが、現時点で市民権を得ているとまでは言えない。これが現実である。

 

【大人向けアニメ】

インドで大人向けの日本アニメを視聴する主な手段は3つある。「Netflix」「Amazon Prime」「違法サイト」である。Netflixのインド版では160超*3の日本アニメが視聴可能である。一例を挙げると、東京喰種 トーキョーグール、ナルト、ソード・アート・オンライン・シリーズ、Fateシリーズ、ハンターxハンター、鋼の錬金術師涼宮ハルヒ・シリーズ、などである。蛇足であるが、インドにおけるNetflixユーザーは約5百人(2017年時点)である。

 

筆者の身近にいるインド人アニメ・オタク(20代半ば/職業IT系/お気に入りはドラゴンボール)に話を聞いたところ、「我々は日本アニメとアニメクリエーターを尊敬している。視聴したいアニメがNetflixにない場合は、やむを得ず違法サイトで視聴しているが、正規に視聴できるのであれば課金は厭わない。」とのこと。また、「インドではアニメを趣味とすることは家族から支持されないが、友達コミュニティではお気に入りのアニメを紹介しあったりしている。」

 

冒頭でお伝えした「天気の子」に話を戻そう。9月下旬デリー日本映画祭初日の目玉イベントとして新海監督ご本人による挨拶、並びに天気の子の上映が行われた。(当日の様子は下記が詳しい)

https://www.oricon.co.jp/news/2145490/full/

筆者が視察に行った際、「#IndiaWantsAnime」「Otaku」などと書かれたTシャツを来た10代~20代前半の若者で溢れかえっていた。その熱狂たるや、国民的アイドルグループのコンサートが開かれているのかと疑うほどのインパクトを放っていた。当日券(無料)を求め500名超の長蛇の列が出来ていたのである。

いくつかのグループにインタビューを行ったところ、「俺たちは皆、東京喰種 トーキョーグールが大好きだ。シーズン3が始まるので楽しみ!」といった声や「We Are Anime Otaku!!日本のアニメを映画館で観れるなんて最高!」との声、などを聞くことが出来た。彼ら/彼女らの多くが10代後半~20代前半の学生である。

 

【デリー日本映画祭初日】 

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デリー日本映画祭初日に参加したインドのアニメ・ファン(筆者撮影)

 

さらに2週間後の10月11日、インド全土34都市78劇場にて一般上映が行われた。デリー・ムンバイ・バンガロールといった大都市だけでなく、地方都市でも上映され、初週1週間の延べ上映回数は500回超を記録。また、同期間の観客動員数は延べ3.7万人、興行収入11百万円を達成したと推計する。オンライン上の掲示板などには、インド各地で満席状態が多数観察されたとのコメントが寄せられている。予想を超える盛況ぶりに、当初1週間の上映期間に加え、急遽1週間延長が決定された。

 

【一般上映の上映都市・規模】

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(公開情報・現地調査より筆者推計)

また、興味深いことに、Bookmyshow(オンライン・チケット予約サイト/アプリ)上のコメントをみると、コメント人気ランキングの上位コメントに対して非常に多くの「イイネ」がついておりファンコミュニティの熱量の高さを垣間見ることが出来る。 

 

さて、最後に筆者の所感を述べよう。インドでは現状アニメは大きなビジネスになっていない。しかしながら、インターネットの浸透、並びに Netflix 等におけるアニメ・コンテンツ数の拡大等によって、 10 代~ 20 代前半のアニメ・ファンが急増していると思われる。彼ら/彼女らが社会人となり所得を得るようになると、インド・アニメ市場は爆発的に成長する可能性があるものと思料。

他方、現在アニメ・ファンの多くは 違法サ イ ト を通してアニメを閲覧することが多く、 IP コンテンツに対してお金を支払う意識は必ずしも高くはないと思われ る 。日本と比較すると、インドでは「ルール軽視」の傾向が強く、とりわけ、「他者が従わな いル ール には自 らも積極的に従うことはしな い」という考え方を有している。今後はインドのアニメファンが正規コンテンツに対してお金を払うかどうかが論点になる。ただし、中国の事例をみると、正規コンテンツを視聴できるプラットフォーム・エコシステムが形成された後は、数百・数千人のコアなファンが正規購入してくれることが証明されているので、インドでも今後3~5年ほどで類似の市場形成が為されるのではないかと思料する。

*1:ドラゴンボール知名度はそれなりに高いが国民的アニメとは言えない

*2:インド2大叙事詩の一つ。大祭であるDussehraダシャラやDiwaliディワリを祝すようになった背景が描かれている。

*3:シリーズモノはそれぞれ個別カウント