デジタル・インディア ― デジタル活用によるリープフロッグ

インド中央政府は全ての公的機関に対して、国民からのデジタルペイメントを受け入れることを義務付ける方針のようである。筆者の住むデリー首都圏では、鉄道・メトロや有料道路等において既にカードやモバイルによるデジタルペイメントが受け入れられているが、一部の公的機関や地方では依然現金でのみ支払可能という状況なのだろう。

 

■Here is Modi government's next big plan to make India a cash-mukt Bharat

http://timesofindia.indiatimes.com/business/india-business/here-is-modi-governments-next-big-plan-to-make-india-a-cash-mukt-bharat/articleshow/60319314.cms

 

現在、中国・インドでは先進国を上回る速度でキャッシュレス化・モバイルペイメントサービスが急拡大しており、所謂Leap Frog現象が起こっていると言われている。今回はインドにおけるキャッシュレス化の波を起こした「デジタル・インディア」政策について俯瞰したい。

 

デジタル・インディアはモディ首相肝入りの省庁横断プロジェクト

デジタル・インディア政策は2015年に就任したモディ首相の公約であり、その概要は既に様々な形で報じられているのでご存知の方も多いと思われる。去る8/30・31日にもテレビ東京・モーニングサテライトで特集が放映されたという。(残念ながら筆者は特集を観ていない)

デジタル・インディア政策は、各省庁で取り組んでいたデジタル化に関するプログラムを束ね、3つのビジョン・9つのピラー(柱)の下に一体化した省庁横断プロジェクトである。これまでの総投資額はINR 4.5 Lakh Crore(約6.8兆円)超と言われている。蛇足ではあるが、インドでは(日本含む他国も同様かと思われるが)、1分野1案件に対して複数の省庁が関係し、サービスを享受するためのプロセスの複雑さや省庁ごとに異なる見解を表明することで、結果として遅々として物事が進まないということが多い。経済・貿易の自由化が遅れたことに加え、こうした政府内における非一貫性がインドを「眠れる巨像」たらしめていた所以である。モディ首相はグジャラート州での成功実績と強いリーダーシップにより、インドに一貫した方向性を示し続けている。

 

<3つのビジョン>

  • Digital Infrastructure as a Core Utility to Every Citizen
  • Governance and Services on Demand
  • Digital Empowerment of Citizens

 

<9つのピラー(柱)>

  • Broadband Highways

  • Universal Access to Mobile Connectivity

  • Public Internet Access Programme

  • e-Governance – Reforming Government through Technology

  • eKranti (The National e-Governance Plan) – Electronic Delivery of Services

  • Information for All

  • Electronics Manufacturing

  • IT for Jobs

  • Early Harvest Programmes

 

既に世界No.2のデジタル人口を誇るも、デジタル化の南北格差は存在

現在インドでは約5億人がインターネットへアクセス可能となっており、その数は中国に次ぐ世界No.2である。またスマートフォンに関しても約3億人が保有しており、都市部では日常生活に必需品となっている。一方、地方・田舎にはインターネットへのアクセスもままならない人々もおり、こうしたデジタル格差を縮めることがビジョンの1つとなっている。

中央政府は2019年3月までに全農村への高速インターネット通信網の敷設を目指すBharatNet projectにINR 42 thousand crore(約7,100億円)の予算を見込んでいる。実際に2017年度の中央政府財政予算ではフェーズ1としてINR 10 thousand crore (約1,700億円)が計上され、新規敷設が進んでいる。

 

また、従来金融機関での口座開設が困難であった女性・農民・非正規労働者等に自らの口座を開設・利用することを可能としたPradhan Mantri Jan-Dhan Yojana(PMJDY)プログラムの提供も注目に値する。このプログラムでは全世帯に少なくとも1つの銀行口座を保有させ、社会保障として保険・年金・信用貸し等の便宜を与えている。こうした社会保障受益者の確認のために銀行口座(Jan-Dhan Yojana)・国民ID(Aadhaar)・携帯電話の統合管理を行っていることも先進的な取り組みと言える。とりわけ国民IDには手続き効率化と不正受給の防止のため、各国に先駆け生態認証を導入している。

 

民間・公的機関ともにデジタル化・キャッシュレス化の実現へ向けた動きが加速

2006年にThe National e-Governance Plan (NeGP)が採択され、公的サービスのデジタル化に向けた取り組みが始められた。ポイントは大きく2つある。1つは複数の省庁や関係機関に跨っていた業務(文書・承認・決済等)をシームレスに統合し、標準化された統合システムの下、効率的な行政サービスを提供すること。もう1つはオンライン・モバイルからのサービス申請受付・リアルタイムでのサービス提供である。大学の卒業証明書、運転免許証、不動産所有証明書等の公的文書をクラウド上に保管し、行政関係者や利用者が照会できる仕組みを導入する等、e-governmentはまさにLeap-Frogの一例である。

また、特筆すべきは政府サービスへの支払いをキャッシュレスで行うためのPayment Gatewayを構築し、ネットバンク・カード・モバイルウォレット等での支払いを可能としている点である。中央政府中央銀行の協力を得てインド決済公社(NPCI)を設立し、即時支払サービス”IMPS”・統合決済インターフェース”UPI”等、様々なデジタル決済サービスを開発・普及に努めてきた。2016年12月にはスマホ用決済アプリBHIM(Bharat Interface for Money)がリリースされ、国民ID(Aadhaar)による認証に基づき、スマホから銀行送金や支払いが可能となった。冒頭に挙げた公的機関への支払いに関するキャッシュレスペイメント受け入れ義務付けは、このような土台があるからこそ可能であり、今後のデジタル化・キャッシュレス化を加速させる新たな一手となる可能性がある。

 

同様に、民間セクターにおいても現在インドの都市部では急速にキャッシュレス化・モバイルペイメント化が進んでいる。特にB2C小売セクターではキラナと呼ばれる個人商店においてもPaytm(モバイルペイメントアプリ)による支払いが一般的となっている。筆者も小額決済時や財布に現金が不足している時はPaytmによる支払いを行っている。また、グーグル・フェイスブック・アマゾンといった外資IT企業もUPIを利用したインド向けデジタル決済サービスをリリースし始めている。

偽札が蔓延し脱税が横行するインドにおいて、先進国に伍する社会経済の透明性を担保するために、取引のキャッシュレス化は有効であると考えられる。16年11月に通貨総流通額の85%を占める2つの高額紙幣INR 500・INR 1000が突如廃止されたことは記憶に新しい。高額紙幣廃止によって、2010年頃より徐々に進んでいたキャッシュレス化に拍車がかかったと言われている。

 

更なるデジタル人材の育成とデジタル産業の拡大

インドと言えばITと言うイメージが定着して久しい。2016年のITセクターの産業規模はUSD 150 Bil (約16.5兆円)を超え、GDPの10%を占めている。2025年にはUSD 400 Bil (約44兆円)になることが予想されており、これは現在の日本の自動車産業の約70%に当たる規模であることから産業の大きさがわかるであろう。

近年では欧米の多国籍企業が最先端のIT/R&D開発拠点を設ける事例も増えているが、セクターの中心は依然BPOである。政府は引き続き基幹産業として人材の育成・産業の拡大に対して積極的な施策を打ち出している。ITセクターはインド南部バンガロール・ハイデラバード・プネを中心とし発展してきたが、North East BPO Promotion Scheme (NEBPS)の下、発展から取り残され人件費の安い北東部をBPO集積地とする計画を進めている。

米国H1Bビザの発給要件が厳格化されインドの高度IT人材の輸出が一時的に下火になる可能性はあるものの、給与水準・スキル等を総合的に鑑みると、引き続きインドITセクターが世界のIT人材の供給地となることに疑いの余地はない。

また、インドでは電子機器の需要がCAGR 22%で増加しており、2020年にはUSD 400 Bil (約44兆円)の市場規模となることが予想されている。国内投資・国内生産を促進し貿易赤字を回避するために、減税やインセンティブを含む様々なスキームを用意している。製造に関しては「メーク・イン・インディア」政策にも関係することであるため、詳細は別の機会にみていきたい。

 

「デジタル・インディア」政策は、世界におけるインドの強みを活かし、弱みを改善し、将来の更なる成長に向けた土台となる優れた政策であると思料する。また、Tech savvyでもあるモディ首相だからこそ一貫性を持って長い目線で取り組めるものと信じている。筆者の周りのインド人もモディ首相の政策を評価しており、2019年の総選挙での再選も期待される。

 

参考: